5 フローレンスの決意
5-1 エミリアのドレス新調
「あそこの店ね、ゲーマ」
馬車から身を乗り出して、シャーロットが指差した。
「ああそうだ。仕立て屋な」
次の朝だ。エミリアの服を買うため、馬車を出したところさ。結局やっぱり朝にはシャーロットも、エミリア並に俺にべったり抱き着いていた。目が覚めた途端にシャーロット、当たり前のように悲鳴上げてたよ。こんなん笑うわ。コントかよ。
まあ真っ赤になったシャーロットも、かわいいっちゃかわいいからいいんだけどさ。
「王都の仕立て屋ならわたくしも使うけれど、あそことは違うわね」
「そりゃお前は貴族。どえらく高級な店だろ。どうやら俺が憑依する前のゲーマは、無駄金は一切使わなかったようだからな。ゲーマが出入りしてたのはあそこ。安いが腕の立つ仕立て屋だ」
「私……安物でいいです。買わなくても……いい」
いつものゴスロリメイド服姿で、エミリアは恐縮している。
「この服……気に入ってるし」
「とりあえず最低でも夜着が必要だろ。いつまでもシャーロットの服借りるわけにもいかないし。そもそもあの夜着だと胸、きついだろ」
「それ……どういう意味かしら」
シャーロットに睨まれた。
「私の胸が、エミリアより小さいとでも」ウゴゴゴゴ……
ワロ。口が滑ったわ。
「そうは言ってない」
「言ったも同然でしょ」
「それより気にするなエミリア。あの店は安いから」
とりあえず話を変える。
「そもそもあそこ、ゲーマから借金してるからね」
俺の胸から顔を出して、妖精ルナが借用書を振り回してみせた。
「だからタダで服を作ってもらえるんだ」
「タダ……というか借金と棒引きしてくだけだけどな」
「ゲーマったら、割と優しいわよね」
ようやく、シャーロットが瞳を緩めた。
「庶民の借金、どんどんチャラにして回ってるじゃないの。わたくしが聞いていたゲーマの噂とは大違いだわ」
「雑魚債権は管理が面倒だからな。俺は楽したいんだ。雑魚はどんどん放流する。太い貴族相手の商売のが効率がいい」
「それにヘクタドラクマコインだって見つかりやすいもんね。そっちのが」
「そういうことさ、ルナ。……それよりシャーロット、俺の噂ってなんだよ。気になるじゃんか」
「生き血を啜るクズだとか。借金返済をなかなか待ってくれないとか」
やっぱりか……。
「貸金業は嫌われるよねー」
ルナは溜息をついた。
「そういうの気にするメンタルだと、やってけない商売だしね」
「まあなー。結局みんな、借りるときだけペコペコして、返すときは鬼だ悪魔だって、汚らわしいものを見るような目つきで睨まれるし」
ゲーマに転生してからのわずかな経験ですら痛感してるからな。前々世の底辺社畜経験がなかったら、心潰れてるわ、俺。
「わたくしには信じられない対応ね」
「そりゃお前が貴族の子女で、金に苦労したことがないからだよ」
「そうかしら」
「ああ。借りた金はもう自分のもの。利息や返済なんて、好意で払ってやっている……くらいが普通なんだ。借金する奴ってのは」
「ピエール様とか、そうだったよね」
俺とエミリアに半死半生の目に合わされた貴族野郎だな。ルナはくすくす笑ってる。
「ボクが治癒魔法を施したけどあいつ、あの後、嫁に叩き出されたんだって」
「そうなのか」
「うん。ゲーマも聞いてたじゃん。噂を」
「そうだったかな」
「ゲーマったら、どうでもいいことは覚えてないんだよねー」
「かもな」
ルナは俺の胸の中でぜえーんぶ聞いてるからな。言ってみれば俺の外部記憶装置みたいなもんだわ。俺は安心して忘れられるわ。
「ゲーマは……なんというか、目標だけ見つめてる感じだものね。……ほら、着いたわよ」
馬車の扉を開けると、シャーロットが降り立った。
「店構えはまあまあ立派ね。この仕立て屋」
「よし行こう」
「い……いいんでしょうか、ゲーマ様」
「今日はお前が主役だぞ、エミリア。いつまでも遠慮してないで、ほら、来いよ」
「……」
手を引いて、馬車から降ろしてやった。
●
「こ、これは……」
客の相手をしていた店主が、驚いたように俺達を見た。
「これは……ゲーマの旦那。ど、どのような御用で」
焦ってるな。俺が借金の取り立てに来たかと思って。
「利息の支払日はまだ……先です」
隣に立つ女将……つまりこいつの嫁が、呟いた。仕立て屋の広告塔でもあるので、そこそこきれいな服を着ている。この店は借金で首が回ってないんだけど、マネキンの服くらいはきちんとしないとな。
「う、うーん……うーん」
突然、店主が唸り始めた。苦しそうに、顔を歪めている。三十過ぎの、こすっからい目つきの男。見方によっては、詐欺師に見えなくもない。主人と対照的に、嫁はそこそこ美人だ。多分、口八丁で口説いたんだろう。営業上、仕立て屋の嫁は美人に限るからな。
「どうした」
「ええゲーマの旦那。どうにもここ一か月ばかり体調悪くて。医者の見立てでは、死ぬんじゃないかと」
なんとか顔を歪めて、汗を絞り出そうとしている。だがどうやら出ているのは冷や汗のようだった。
「あら大変」
シャーロットが、口を手に当てた。
「お助けしてあげたら、ゲーマ」
育ちがいいせいか、素直に信じてるな。この猿芝居を。
「助けねえ……」
「うーんうーん……」
必死で唸ってやがる。が、隣に立っている嫁は、はらはらしている。嫁のほうは素直で、いい性格のようだな。
まあいいか。別段暴く意味もないし。どうせ借金チャラにするつもりだったしな。
心の中で、おれは溜息をついた。
「なら助けてやろう。死ぬなら金がいるだろ、葬式とか」
「へ、へい」うーんうーん
めんどくさいな、この店主。以下こいつの会話は、全部語尾に「うーんうーん」がついてると思ってくれw
「今日は買い物に来たんだ」
「ゲーマ様の服ですか。でもあっしらは婦人服で。紳士服は例外として、お金を貸していただいているゲーマ様しか仕立てておりやせん。……まさかゲーマ様が女装とか」
「ぷっ!」
俺の胸の中で、ルナが噴き出すのが聞こえた。服の上から、そっとつねってやる。
「違うわ。俺の家族に服を誂えたい」
俺の後ろに隠れていたエミリアの肩を掴み、ぐっと前に押し出す。
「そ、その……」
恥ずかしそうに俯いている。
「エルフのお嬢様……ですか」
それまで顔を歪めて仮病していた店主が、素の顔で呟いた。
「こいつは……腕が鳴る」
「だろ。しっかり頼むぞ。夜着七着。普段着は五セット。普段着は上下で着回しできるようにバランス考えろよ。あと、ドレスが三着だ」
「そ、そんなに……」
「そ、そんなに……」
店主とエミリアがハモった。
「それとお前んとこ、下着も死ぬほどあるだろ。腐るくらいに。エミリアに三十セット見繕ってくれ。一か月分。いいか、女子として気持ちがアガる、かわいい奴揃えろよ。いろんなタイプで」
「ようがすが……かなりお高くなりますよ。特に……ドレス三着ともなりますと」
「構わん。仕立ててもらった分は、借金から棒引きだ」
「ならなるだけ高い生地を使いやす。へへっ、こいつは稼げる」
思わず……といった様子で、本音を漏らしやがった。こいつ、小悪党には違いないが、間抜けで憎めないとこあるな。
エミリアにどんな服を仕立ててくれるのか正直、楽しみになってきたよ。ドレスを着たエミリア、早く見てみたいな。
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