4-7 エミリアのマッサージ
例の洞窟をようやく脱出。なんとか自邸に帰り着いた俺とパーティーは、予定通り軽食を済ませてから、交代で風呂。それから話に出ていたマッサージタイムとなった。
寝台にうつ伏せになった俺の両腿に、エミリアとシャーロットが乗ってきた。ふたりとも夜着。エミリアはもちろん今晩も、シャーロットの予備を借りている。明日こそ街に出て、エミリアの服を色々買い込んでやらないとな。
とにかくそのまま肩から肩甲骨、それに背中の両筋を、ふたりで揉んでくれたよ。相談しながら、ていねいに。正直、天にも上る心地良さだった。女子の手、それに俺の腿を挟むふたりの脚も柔らかいし、温かい。体を倒すと髪が流れて、俺の体をくすぐってくる。ふたりの体はいい匂いだし……。
あまりの気持ち良さにうとうとして、意識を失った。
どれだけ眠っていたのか。ふと気がつくと、ふたりは俺の体にのしかかったまま。シャーロットがエミリアに顔を寄せ、なにかこそこそ耳打ちしているのが、気配でわかった。
「……」
「……」
「……でしょ」
「はい……シャーロット様」
「シャーロットでいいわよ。仲間でしょ」
「はい」
「でね、ゲーマの奴、体が……」こしょこしょ
「……えっ」
「あなた知らないの。殿方のこと」
「知らない」
「なら今度、ちゃんと教えてあげるわ」
「……」
「試しに触ってみる? 今なら寝てるから」
「……」
「ほら、手を貸して」
「あっ……」
突然、尻になにかが当たるのを感じた。
「こうして……」
そのまま、奥にと入ってくる。
「うーん……」
「あっ!」
「あっ!」
わざと唸ってやると、ふたりの体はびくっと跳ねた。
「もう終わったか、マッサージ」
「え……ええ。終わったわ、ゲーマ」
「気持ちが良かったから、うとうとしちゃったよ」
「そうでしょうね。疲れたのよあなた。エミリアを背負って、あんなに歩いたんですもの」
「ゲーマ様……」
「よし、じゃあ次はエミリアだ」
俺が体を起こすと、ふたりは微妙に居心地悪げだ。全てを見ていたに違いないルナが、上空に浮かんだままニヤニヤ笑っている。趣味の悪い妖精だわ。
「ほら、横になれ」
「でも……私は奴隷……」
イヤイヤするように体を動かすと、上目遣いに俺を見てくる。
「命令だ」
「はい」
大人しく、俺の命令に従った。
「腕を上に上げろ。ばんざーいって」
「……はい」
「髪を払うぞ、いいな」
「どうぞ」
エミリアの長い髪を、そっとたくし上げた。髪の奥から、エルフ特有……というか、エミリアのいい香りが漂ってきた。
「よし」
両脚を挟むように座ると、肩にそっと手を置いた。エミリアの体が、びくっと震える。
「痛かったら言えよ」
「はい」
エミリアはエルフだ。力加減がわからなかったので、最初は優しく、ほとんど力を入れずに肩を揉み始めた。無言のままエミリアは、俺の指が動くままにさせている。
柔らかいなあ、エミリア。肌もすべすべだし。なんでこんなかわいい娘が、奴隷に落ちていたんだろうな。
俺が憑依転生する前のゲーマなら、知っていたのかな。それとも何も知らず、行きずりの奴隷商人から、エミリアを買ったんだろうか。
「少し強くするぞ」
「お願い……します」
大丈夫そうなんで、もう少し力を込めた。柔らかな肌の奥に、筋肉の凝りを感じる。ここを揉みほぐしてやらんとな。
「……」
「……」
「……ん」
エミリアは、手でシーツを掴んでいる。俺の手が動くに連れ時折、シーツをぎゅっと握っている。
「痛かったか」
「いえ……楽に……なる」
「ゲーマ、肩だけじゃなくて、そろそろ背中も揉んであげなさいよ」
「そうだよーゲーマ。下手だなあ……。ボクのがずうっとうまいよ」
「ちっこいお前のマッサージなんて、意味ないだろ」
「ひどーい」
「まあいいや。確かにそうかも。……背中な」
シャーロットの夜着は、背中が大きく開いている。腰のくびれのあたりまで。なのでマッサージはしやすい。肩甲骨から背中の両筋を、撫でるように揉んでいく。時々、指の第二関節を時々押し付けて体重を掛け、凝りをほぐしながら。
「ん……んっ……」
俺の手の動きに連れ、体を震わせてエミリアが呻く。
「ごめん。痛かったよな」
「ゲーマったら、下手」
シャーロットが腕を組んだ。
「女の子じゃないの。もっと優しくしなさいよ」
「文句ばっか言うなら、お前がやれよ」
「わたくしじゃダメよ」
「なんでだよ」
「エミリアじゃないの」
「はあ、意味わかんね」
「ほら、続けて」
つんと横を向いちゃったか。……まあいいや、続ける。
背筋を、腰の窪みまで。最後にそこをそっと撫でると、またエミリアの体が震えた。
「どうだ。疲れ取れたか」
「はい……ゲーマ様」
「よし。なら寝よう。ルナ、灯り消してくれ」
「はーいっ」
こういうとき、妖精は便利だ。部屋のランプ、あちこち飛び回って消してくれるし。
「おいで、エミリア」
「ゲーマ様……」
俺に寄り添ってきたエミリアの体は、妙に熱かった。
「あれ、風邪でも引いたかな」
「なんでも……ない」
俺の腕に頭を乗せてきた。
「大丈夫」
遠慮がちに俺の体に寄り添ってくると、じっと俺を見つめてきた。
「おやすみなさい。ゲーマ様」
「おやすみ」
ルナの作業が終わり、ちょうど部屋が真っ暗になった。
「ボク、ここーっ」
飛び込んできたルナが、俺の腹に抱き着く。
「ぼよんぼよーんっ。抱き心地最高っ!」
失礼な野郎だ。デブで悪かったな。
「ふわーあ……。わたくしも、もう眠いわ」
愚痴りながら、シャーロットがブランケットの中に入ってきた。ちょっと驚いたよ。だってさ……。
「シャーロットお前、そこでいいのか。昨日はエミリアの向こう側だったろ。男とくっつくのは嫌だとか抜かして」
「いいのよ。考えたらゲーマは男じゃないもの。パーティーの仲間だし」
俺の隣に横たわった。
「同じ釜の飯……って言うんでしょ。それに……さっきは戦闘で命を預け合ったし、戦友だもの。無闇に嫌ってたら悪いわ。わたくしは貴族。貴族の礼儀よ」
「ならまあいいけど、朝方叫ぶなよ。俺に抱き着かさせられたとか、イミフの叫び」
「あら、そうだったかしら」
くすくす笑うと、寝台が揺れた。
「抱き着かないわよ。横に寝るだけ」
言葉どおり、微妙に離れた位置取りだ。
「……すう」
「やだルナ、もう寝ちゃってる」
「妖精だからな。なんというか……こいつ、悩みないんだよ」
「いいわねえ……。わたくしなんか、実家絡みで悩みだらけなのに」
「実家って、なにかあるんか」
「まあね」
「教えろよ、助けてやる。幸い俺は金貸し。金で解決できる事なら楽勝だ」
金でほとんどの悩みは解決できる。それは金貸しに転生したからじゃなく、前々世の底辺社畜時代から、経験と見聞でわかっていた。
たしかに、大病でもすれば金じゃあ命は買えない。延命を図るにせよ治療をするにせよ、日本であれば社会保障と健保制度がしっかりしてるから、貧乏暮らしでも大した問題はない。とはいえ金があれば、「残された命を楽しもう」まで進んだとき、圧倒的に有利だからな。あって困ることはない。
「……いずれ、ね」
あっさり俺をあしらうと、シャーロットは黙った。身じろぎもせず、じっとしている。どうやらもう話さずに寝たいようだ。ならまあいいや。無理して聞き出しても意味ないし。
闇に溶ける天井を、俺はぼんやり眺めていた。
「……すう」
俺の腹に抱き着いたまま、妖精ルナは寝息を立てている。
「ゲーマ様……」
寝言と共に、エミリアがくっついてきた。遠慮がちだった添い寝も、今は密着。腕と脚で、俺を抱くようにしている。まあ俺、抱き枕だからな。デブで柔らかいから気持ちいいんだろ。知らんけど。
「ゲーマ様……」
「よしよし」
抱き寄せて、背中を撫でてやった。こうしてやるとエミリア、安心するみたいだからさ。俺に拾われる前は、辛い出来事が多かったようだし。温かな人肌に飢えてるんだろう、多分。
エミリアの背中は柔らかい。天使の撫で心地だ。
「……」
ぴとっという感触があり、シャーロットの体を脇に感じた。どうやらもうこいつ、意識ないな。寝返りを打ってきたんだ。しかも俺の腕を、両腕で抱いている。はいはい、また抱き枕代わりかよ……。
まあいいけどな。夜着を通して、シャーロットの胸を感じるし。温かくて、柔らかい。抱き枕の役得って奴さ。
明日はエミリアに服をいっぱい買ってやろう。夜着と普段着、ドレス。それに下着だっていっぱい。エミリアの奴、無骨な下着、二枚しか持ってないようだし。毎晩洗っているらしい。かわいそうだ。それに女子なんだから、かわいい下着を身に纏えばテンション上がると思うんだ。誰に見せるとかそういうんじゃなく、自分が輝くのが嬉しいというかさ。
エミリア、奴隷だったせいか、自己肯定感が低いんだよなー。前から気になっていた。かわいい服をいっぱい着せさせてやる。そこから少しずつ、心を開いてくれたら、俺は嬉しいんだ……。
眠くなってきた。温かな女子の体を、両脇に感じるせいかな。なんだか魂の底から、安らいでくるんだよ。
おやすみ。
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