4-5 精霊のお告げ

「それにしてもモブーの奴、随分進んでたんだな」


 延々歩かされて、思わず愚痴が出た。だってそうだろ。エミリアを背負ったまま、足場の悪い地下洞窟を、俺は歩き続けている。さすがに疲れるわ。汗は滝のようだし、脚ももうがくがくだ。


「私……ここで……待つ」

「気にすんなエミリア。お前は俺がちゃんと連れて行ってやる」

「……うん」


 俺の首に回してきた腕に、気のせいか力が籠もった。


「ゲーマ……様……」

「ゲーマ」


 洞窟の分岐点で、先行ルナが振り返った。


「モブーは左の穴に入ったみたい。深くなるほう」

「さっきから、分岐選択がヤバいわね」

「ああシャーロット。全くだ」


 モブーの野郎、選ぶ穴選ぶ穴、ぜえーんぶハズレのほうじゃねえか。どんどん深みにハマってるぞ。こんなんじゃ地上に戻るなんて、百年は無理だわ。さすがは即死モブ。運にとことん見放されてやがる。前世の俺とは言え、情けなくて泣けてきた。俺、あの逆豪運で一生暮らしてきたんだからな。


「急げルナ。早く追いつかないとあの馬鹿、地獄まで突き進むぞ」


 まああいつは前世の俺だから、俺が馬鹿って話なんだが。


「わかった」


 飛ぶ勢いで(というか実際飛んでるわけだが)、ルナが進む。続いてシャーロット。時折俺を気にしながらも、早足だ。そして俺、もう太腿もふくらはぎもパンパンだが、なんとか脚を動かす。


「ゲーマ様……汗……」


 俺の額を、エミリアが優しく拭ってくれた。


「悪いなエミリア。お前の服もどろどろだろ。俺の汗で」

「ゲーマ様の汗に……包まれて……うれ……しい」


 俺の首に、頬を擦り寄せてきた。うれしいなら、まあいいか。気が休まってれば、回復も早まるだろうし。


「見えたよゲーマ。ほら、モブーの松明だ」


 ルナが飛び返ってきた。


「ようやく追いついたか」

「汗、凄いわよ、ゲーマ」


 かわいらしいタオルを取り出すと、シャーロットが顔や首を拭ってくれる。


「それでこれからどうするの、ゲーマ」


 ルナが俺の肩に舞い降りた。


「モブーの前に姿を現したら、モブーもゲーマも死んじゃうんでしょ。対消滅とかいうの起こして」

「ああ」

「ならどうやって出口に連れてくのさ」

「ルナ。お前に頼む」

「ボクが」

「ああそうさ。道々、考えてはいたんだ。この洞窟、天井は泥だろ」

「うん」

「だから、それを生かすのさ」

「どういう作戦」


 俺は説明した。


 ルナがまず、天井近くを飛行して、モブーの真上まで行く。モブーの貧弱な松明では、天井近くは暗い。ぼんやりしか見えないはずだ。直上に位置したら、天井の泥に体を埋め、うまく隠れる。そこでモブーに「お告げ」を下す。精霊の声とかなんとか適当なこじつけで。


「ルナ。お前は出口……というか上層への道がわかるんだろ」

「ボク、妖精だからね」

「それをモブーに教えろ。そうして最上部まで進んだモブーに、最薄部を突き破らせるんだ。そうしたら外に出られる」

「なるほど」

「今思い出したんだ。前世の俺、たしかお告げで助かった。そういうことが、人生で何度かあったんだよ」

「きっとルナが活躍していたのね」


 シャーロットは感心していた。


「だと思う。……とにかく、そうやって外への道を示せ。それでな、ここからが重要なんだが、洞窟の外に出たら、山道を左に辿れって言え。前世俺は、左に進んだんだ。それで命が助かった」


 実際そうだ。山道を左に下った前世俺――つまりモブーは、人のいい農夫に拾われ、半年ばかり農作業の手伝いして命を繋いだんだからな。


「よし、行ってこい。俺達はここで待ってる。さすがに俺も、倒れそうだ。少し休みたい。モブーを導き終わったら、戻ってこい。ミッション終了だ。モブーが充分離れた頃合いに、俺達四人も洞窟を出よう」

「りょうかいーっ!」


 元気よく、ルナが飛び去った。


「元気だなあ……ルナ」

「妖精だもの」


 シャーロットが、くすくす笑った。


「ほらゲーマ、座りなさいよ。わたくしが、お茶を飲ませてあげるから」

「ああ」


 そろそろと、まずエミリアを壁にもたせかけた。それから隣に俺も座る。俺とエミリアに、シャーロットが茶の革袋を渡してくれた。自分も座って、俺の袋を受け取り口を着ける。


「ありがとう……ございます」


 一回深呼吸すると、エミリアは俺の腕を胸に抱いた。瞳を閉じ、俺の肩に唇を着けている。呼吸と共に胸が動いた。


「礼を言うのはこっちだ。お前はあの中ボスから俺達を救ってくれたんだからな」

「そうよ、エミリア。おまけにヘクタドラクマコインだって見つかったし。ねっ、ゲーマ」

「そうそう」

「でもわたくし、ゲーマを見直したわ。エミリアのこと……すっごく大事にしていて」


 ほっと息を吐くと、シャーロットも俺の腕を抱いてきた。


「なんだか……少しもやもやしちゃったわ。わたくしが倒れたときも、あんなに大事にしてくれるのかしらと思ったら……」

「大事にするさ」

「ほんとうー?」


 腕を胸に抱いたまま、俺の目を見つめてくる。魔導トーチに、瞳がきらきら輝いていた。


「いや、マジマジ」

「ふふっ。本当かしら……」


 笑う動くから、腕を通して胸の形がよくわかった。


「今晩はゆっくりしないとね。ゲーマったら、汗でどろどろだもの。それに足腰だってパンパンでしょ。食事はパンとハムだけの簡易食ね。エミリアに料理させるなんてかわいそうだし」

「作……る」

「無理するな、エミリア。お前が休んでくれたほうが、俺も嬉しい」

「……」


 黙ったまま、エミリアは頷いた。


「命令なら……そうする」

「それからお風呂ね。順番に、ゆっくり漬かりましょう。それから、ぐっすり」

「今から待ち遠しいよ」


 俺の冗談に、シャーロットが笑った。


「情けない声、出さないの」

「マッサー……ジ」

「はあ?」

「マッサージ、する。……私が」

「いやエミリア、お前がマッサージ受けないとならんほうだろ。実際、疲労度ダンチだし」

「する。……ゲーマ様」

「仕方ないわねえ……頑固で」


 シャーロットは、俺の肩に頭を預けてきた。


「なら最初は、わたくしとエミリアでゲーマの凝りをほぐしてあげるわ」

「お前、貴族の娘だろ。マッサージなんかできるのかよ」

「侍女がよくしてくれたもの。やり方は知ってるわ。それに……ゲーマの体、ぷにぷにしてるから一度しっかり触ってみたかったし」

「いや俺、ぬいぐるみじゃないぞ」

「ゲーマはわたくしとエミリアの抱き枕でしょ」

「まあ……どうかな……」


 実際、割と抱かれて寝ることも増えてはきてるからなあ……。やっぱ抱き枕扱いされてたんか、俺。安眠のための道具として。なんか男としては微妙に情けないが。


「それから、ゲーマがエミリアにマッサージすればいいじゃない」

「それはダメ」


 エミリアは首を振った。


「私……奴隷」

「いいのよ。いい、こうして……」


 手を伸ばし、くいくいと動かしてみせた。


「こうして、背中の両筋を、肩からお尻までゆっくり揉みほぐすの。なに、エルフだって人間と骨や筋肉の構造、違わないでしょ。気持ちいいに決まってるわ」

「ゲーマ様が……私の……」


 エミリアの頬は、何故か赤くなった。


「どうしても……したいなら……なにしてもいい。私……奴隷だから」


 それだけ口にすると、俺の腕を、さらにぎゅっとしてきた。手の先を太腿で挟むようにしながら。

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