4-3 謎の敵「マルトゥ」

「あそこっ!」


 俺の胸から顔を出して、ピピンが叫んだ。


「ヤバいよ、ゲーマ」

「わかってる」


 前方で洞窟は丁字路になっており、右側通路からぬっと現れた輝く人影が、左に消えた。左側は薄ぼんやりと明るくなっていた。もちろん前世俺、つまりモブーがそちらを進んでいるということだろう。


「敵はモーブに襲いかかるつもりだよ」

「凄い……魔力を感じるわ」


 シャーロットの声も焦り気味だ。


「早くあいつをモブー追跡から引き剥がさないと」

「モブーはモブだ。追いつかれたら瞬殺だな」

「ゲーマ様、早く」


 奴隷エルフのレミリアに手を引かれるようにして、俺も精一杯の早足で進む。なんたってこのデブ体型だ。そうそうは走れない。それに足元は暗いから危険だし。


「左です」


 エミリアに導かれ丁字路を折れると、前方に輝く影が見えた。モブーは見えない。多分、もう少し先なんだろう。


「おいお前っ!」


 俺は叫んだ。松明残光の具合からして、モブーはまだ先だ。騒ぎには気づかないだろう。


「……」


 輝く影が振り返った。


 男。深い皺が刻まれた顔。脚も体も細く、全体に木彫りの彫刻のような印象だ。だがでかい。


 といっても、人間とはとても思えない。体長三メートル近い。おまけに体の輪郭からはオーラのように光が立ち上っていて、瞳も輝いている。無能デブの俺でさえ、野郎から怪しいパワーが漏れ出ているのがわかる。


「……これはこれは」


 かすかに唇の端が上がった。笑っているようだ。


「今日は千客万来だな。ここ百年ばかり誰も落ちてこなかったのに、今日はふた組とは」

 俺とパーティーを、じっと見つめている。


「歓迎せねばなるまいな……」

「魔力が溢れてきた。ヤバいよゲーマっ!」


 胸から飛び出したピピンが、俺を庇うように腕を広げた。


「ボクだって妖精だ。やすやすとやられはしないよっ」

「ゲーマ様……」


 エミリアが、俺の手を握ってきた。


「守る。私が」

「わたくしの魔法、あなたに受け切れるかしら……」


 反対の手は、シャーロットに握られた。


「ゲーマっ、号令掛けてっ」

「まあそう慌てるな」


 とりあえず相手は、戦いの準備を整えただけだ。問答無用で攻撃してくる気配はない。ならば情報を得なくては。戦うにしても、情報があれば有利だからさ。


「なああんた。ここはあんたの巣なんだろ」

「……」


 野郎は答えない。ただ黙って、こちらを見つめているだけだ。俺達の間を視線が移動し、エミリアで止まっている。


「俺達は、あんたの巣を荒らすつもりはない。ただ、迷い込んだ阿呆をここから出してやりたいだけだ。終わったら俺達もすぐ退散する。だから……しばらく様子を見ていてくれ」

「……」


 野郎はまだ黙っている。


「頼む」

「……」


 まだ無言だ。無表情のまま。なにを考えているのかわからない。


「あんた、名前は。俺はゲーマ。後は俺の仲間だ」


 名乗り合うことで、「不埒な知らん奴」から「交渉相手」になれる。それは状況を有利に組み替える第一歩さ。


「マルトゥ……」


 律儀にも、相手は自らの名を明らかにした。これは吉兆だ。ある程度話ができる以上、交渉の余地だってある。前々世の底辺社畜時代、取引先との交渉事は得意だったからな、俺。それでないと過重な業務に、メンタルも体も潰されていたに違いない。


「よしマルトゥ、どうだ、話に乗ってくれるか。あんたに迷惑は掛けない」

「勘違いするな、ゲーマとやら」


 無表情のまま、マルトゥは言い切った。


「名乗ったのは、お前の連れに敬意を表してだ。お前など眼中にない」


 ふんと鼻を鳴らす。


「これから狩る獲物に、名前を教えてやっただけの話。そこの女も……」


 顎でエミリアを示した。


「ヴァルハラで祖霊の列に並ぶとき、説明せねばならんからな。自らを葬った存在のことを」

「つれないこと言うなよ。俺は――」


 言いかけた瞬間、俺の体をとてつもない衝撃が襲った。燃え盛る灼熱の大ハンマーで殴られたような衝撃が。


「うっ!」


 腹から空気が押し出され、不定形の悲鳴になった。また衝撃があり、意識が薄れた。


「……くっ」


 かろうじて意識を保てた。目を開けた。俺の前に、大の字に腕を広げたエミリアが立っていた。野郎のオーラを受けて、輪郭が黒々と抜けている。


「だ……いじょうぶ? ゲーマ」


 俺の腹に、ピピンがしがみついていた。どうやら一緒に吹き飛ばされたらしい。


「お前こそ」

「平気……。ゲーマのお腹がクッションになったからね」

「デブも役に立つもんだな」

「そうそう」


 生きる死ぬの局面ってのに、ピピンはけろっとしている。妖精って、メンタル強いな。


「ゲーマ……」


 俺の脇に、シャーロットがしゃがみこんでいた。


「今、ポーションを……」


 頭陀袋をごそごそすると、ポーションを掛けてくれた。


「ボクも」


 ピピンが回復魔法を、俺に放った。


「ありがとう。……ところでシャーロット」

「気にしないで。仲間じゃない」

「いやそうじゃなくてだな……。そこにしゃがんでると、パンツ丸見えだぞ」

「もうっ!」


 ひっぱたかれた。


「危機感ないんだから。ほら、エミリアを助けるわよ」

「わかってる」


 エミリアとマルトゥが睨み合っている前線に、俺達は戻った。


「エミリア」

「ゲーマ……様」


 愛おしげに、エミリアが俺の胸に頬を擦り付けてきた。それから野郎に向き直る。


「殺す……」


 瞳が炎の輝きを宿した。


「不思議なパーティーだのう。リーダーは無能なヒューマン。なのに人間としてはトップクラスの魔道士がついておる。それだけでなく、妖精にお前、桁違いがふたりも……」


 首を傾げている。


「なぜだ……」

「ボクはゲーマの守護天使だよ」


 俺の胸に潜り直したピピンが、胸を張った。てか、真面目な場面で嘘つくなっての。


「私は……ゲーマ様の……奴隷」

「奴隷だと……」


 野郎は目を見開いた。


「馬鹿を言うな。その魂で、どうしてその男に隷属している。ただのヒューマン相手に」

「黙れ」


 エミリアの髪が逆立った。瞳に憤怒が浮かんでいる


「ゲーマ様を……殺そうとした」

「エミリア落ち着け」


 なだめるように、エミリアの肩を抱いてやった。なんとか、情報を聞き出すまでは……。


「お前、ただの森エルフではないな。里のみ――」


 マルトゥが言いかけた瞬間、エミリアの全身から炎が噴き出した。体のすぐ前で、焦点を結ぶかのように、炎が収束する。――と、収束点から太陽フレアのような輝きが、一直線に野郎の体に放たれた。空気を切り裂く速度が速すぎ、周囲を轟音が包んだ。

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