4-2 邪悪な気配

「随分大きな洞窟ね」


 シャーロットが、天井を見上げた。ロープ下降し、洞窟に降り立ったところだ。魔導トーチで、天井はてらてらと照らされている。どこかに出入り口があるのだろう。天井にはコウモリが何十匹もぶら下がっていた。


「普通の洞窟じゃないね、ここ」


 ルナは俺の肩に腰を下ろしている。


「だってなんだか、魔力の香りが漂ってるもん」

「そうなのか」


 俺にはさっぱりわからない。


「ルナの……言う通り」


 エミリアが頷いた。まあ魔導力に優れたエルフと妖精が言うんだから、合ってるんだろう。


「なにか……いる。古代の……」

「どうやら厄介な洞窟らしいな。とにかく探そう。ヤバい奴に遭遇する前に、とっととモブーを見つけないと。野郎をなんとか助け出して、俺達も脱出する。……ルナ」

「なあに、ゲーマ」

「お前、妖精だから鼻が利くだろ。モブーの跡を辿れ」

「ひどーい。ボク、猟犬じゃないし」


 ぷくーっと、頬を膨らませている。


「愚痴は後だ。うまくいったらケーキ死ぬほど食わしてやるからさ」

「ほんと?」にこにこ


 現金な奴だ。


「嘘はつかん。ほら急げ。モブーが死ぬぞ」

「うん」


 ルナは俺の首に抱き着いてきた。


「あっちだよ、ゲーマ。向こうから、ゲーマとおんなじ魂の匂いがしてくる」

「よし」


 モブーは前世俺だもんな。魂が似た匂いなのも当然なのかも。


 足元はどろどろで滑りやすい。俺達は注意深く進み始めた。


           ●


「見て、ゲーマ」


 ルナに頬をひっぱたかれた。三十分ほど、洞窟を探索した頃だ。


「気安く殴るな。まあちっこいお前にはたかれても、痛くはないけどさ」

「それよりほら。右側の枝分かれの先がぼんやり明るくなってるよ」

「そうだな」

「あれ、モブーだと思うんだ。……匂うし」

「俺もそう思う」


 すぐ先で、洞窟は三つに分かれている。いや実際、この洞窟、中は激しく枝分かれしてるんだわ。だから迷い込んだら、まず二度と出られないだろう。


 俺のチームにはチートキャラたる妖精がいるから、迷いはしないだろう。それに最悪、なんとなればエミリアかシャーロットに魔導力で天井をぶち破らせればいいし。


 でもモブーは無理。なんたってただの即死モブだからな。思い返しても、前世の俺モブーが生還できたの、絶対今生俺、つまりゲーマが陰から助けてたからだよな。


「今でも覚えてるけど、前世の俺は、地下で根っこのかけらを拾って、松明たいまつにしたんだ。あれはその光だろう」

「ならとっとと助けに行こうよ、ゲーマ」


 シャーロットに促された。魔導トーチに瞳がきらきら輝いている。こんなときになんだがシャーロット、かわいいよなあ……。貴族だけどツンケンしてないし。俺みたいなキモデブ金貸しも、見た目や職業で差別しないし。


「急ごう、ゲーマ。でないとモブー、死ぬまで洞窟をさまようことになるから」

「そうだな」

「ゲーマ様」


 エミリアに袖を引かれた。強く。


「そっちは……ダメ」

「なんでだよ、エミリア。モブーを助けないと」

「向こうに……なにか……いる」

「なにか……って、モブー以外にか」

「……」


 黙ったまま、エミリアはこっくりと頷いた。


「なにか……古代の……。この洞窟に……封じられていた……邪悪な……」

「……ルナ」

「ゲーマ……」


 首筋に抱き着いたまま、ルナは耳元で囁いた。


「ボクも今、感じた。ものすごく……ヤバい奴。どうやら、さまよい込んだモブーに気づいたみたい。動き出してるよ、襲うために。逃げたほうがいいよ、ボクたち。早く」

「どうするの、ゲーマ。一応わたくしたち全員、戦闘装備だけれど……」


 シャーロットは不安げな表情だ。


「でも古代の邪悪な存在……って邪神とか魔神とか、とにかく超強力な存在でしょ。それか眠りについていた、エンシェントドラゴンとか」

「封じられてたんなら、邪神系とかかもな」

「わたくしたちがパーティーを組んでから、まだ実戦はほとんど経験がないわよ。いくら戦闘装備とはいえ、そんな存在に勝てるとは思えない」

「……たしかに」

「どうする、ゲーマ」


 シャーロットにエミリア、ルナの視線が俺に集まった。全員、俺の決断を待っている。


「俺は行く」


 俺は決断を下した。


「モブーが死ねば、ここにいる俺も消える。俺とモブーは一蓮托生だ。たとえ命の危険があっても、俺はモブーを助ける」


 みんなを見回した。全員、真剣な瞳だ。


「でもみんなには、一緒に死んでくれとは言えない。ここから引き返していい。俺は独りでも行く」

「ゲーマ様……」


 エミリアに手を握られた。


「私は……いつも一緒。私を……救ってくれたゲーマ様の……命を守る」

「……ありがとう」


 よくわからんが、どうやら俺が憑依する前のゲーマ、エミリアを救っていたらしいな。稀種、貴種たるエルフとゲーマがどうやって知り合ったのか。考えてみれば謎だよな。エミリアは口数も少ないし、話してくれるかはわからん。でも今度、ゆっくりその話を聞き出さないとな。


 だが今は、それどころじゃない。


「ボクもだよ。だってボクは、女神様に遣わされたゲーマの守護天使だからね」

「いや。ルナお前、守護天使じゃなくて、せいぜい守護トンボだろ。ちっこいし」

「ひどーいっ」


 頬をつねられた。


「わたくしも同行するわ」

「いいのか、シャーロット。エミリアやルナと異なり、お前は俺と別に因縁はない。命を無駄に捨てることはないぞ」

「わたくしたち、パーティーの誓いを立てた仲じゃないの」


 微笑んだ。


「それに毎晩、同じ寝台で眠っているわ。裸同然で抱き合って。わたくしだって、ぬいぐるみには情も移るもの」

「はあ……」


 微妙だw シャーロットの奴、デブ俺を抱き枕扱いしてたってことか。ぐっすり眠るためのツールとして。いやそこは嘘でも「好きになった男を守る」くらい、言ってほしかったが……、やっぱ無理か。


「なんだかわからんが、わあわあやってる時間はない。とにかく突っ込むぞ」

「うん」

「わかった」

「わかりました」

「モブーと謎の存在の間に駆け込む。モブーに気づかれないように、その古代野郎をぶちのめしてやろうじゃないか」


 俺の宣言に全員、頷いてくれた。



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