1-7 イヤミな貴族を瞬殺する

「お前に用立てさせた資金は返せぬ」


 ゴールドマイン卿は、いきなり言い放った。


「はあ?」


 なんだこいつ。踏み倒しに来たんか。


「昨年の冷害で、我が領地は大きな損害を被った。だがゴールドマイン家では年越しに大規模な遊宴を開くのが恒例。王族も呼ぶし……。そのための資金をお前が用立てると申し出たので、勝手にさせてやった。卑しい金を触るなど、子爵としてあってはならないことだし」


 早口だ。偉そうな態度だが、それなりにヤバいとは思ってるんだろう。でも相手は俺――子爵からすれば格下の卑しい奴――だからな。こうした言い方になるんだろうさ。というか見栄張るために借金するとか、馬鹿じゃんこいつ。


「いいな、ゲーマ」


 従者が俺を睨んだ。


「ピエール様直々、卑しいお前に説明にいらしたのだ。その温かなお心に感謝するがよいぞ」


 いや元庶民のなんちゃって貴族とはいえ、少なくとも従者からこんな侮辱を受ける筋合いはない。虎の威を借る狐どころじゃないな、こいつ。こんな感じで、領民や出入りの商人をいじめ抜いてることだろうさ。


「ゲーマ様……」


 エミリアが俺の脇に立った。従者を睨んでいる。


「な、なんだ……」

「エルフなど前に出してきても、恐ろしくはないぞ」


 言葉とは裏腹に、従者ふたりは目が泳いでいる。護衛用の立派な剣を腰に提げてはいるが、柄を握ることすらしない。エルフに勝てるわけないしさ、こんな雑魚従者。


 それに俺の家で剣を抜けば、殺されても文句は言えない。大法院に訴え出たところで、正義はこっちにある。


「どうしても返してほしいというなら、提案がある」


 ゴールドマイン卿は、椅子にふんぞり返った。


「……」


 黙ったまま俺は、手で話を促した。


「別大陸からの食客が今、我が屋敷に逗留しておる。彼が言うには、向こうの大陸には、貴重なマナ鉱石が溢れかえっているとか」


 一拍置くと、話を続ける。ところどころ謎の自慢が入るんで話がこんがらがったが、まとめると要するにこういうことだった。


 マナ鉱石をこの大陸に運べば大儲けができる。そのために大規模商船建造を考えているが資金が全くない。建造資金、運営資金、買い付け資金のすべてを俺が出資すれば、成功の折に儲けの三割を渡す。それを借金の返済としたい――と。


「はあ?」


 思わず笑っちゃったよ。


「要するに金出すのもリスクテイクも全部俺で、リターンはあんたが総取りじゃねえか。アホくさ」


 それにそもそも、この案件自体、嘘だろ。詐欺に俺を巻き込んでまた金を抜くって話だ。こんな馬鹿に敬語など使う必要はない。


「頭湧いてるのかよ。てめえの脳みそは、その汚いヒゲの中だけかよ」

「貴様、ピエール様にそのような口の利きよう……」

「まあ抑えよ。ゲーマは卑しい身の上。貴族相手の話し方など、身に付いておらんのであろう」


 鷹揚に笑うと、自慢のヒゲなど撫でている。


「それにゲーマ、お前には儲けの三割を渡すと申したであろう。大盤振る舞いだぞ」

「はあ? それを今の借金の返済とするって言ってただろ。俺の貸した金を返してもらうだけで、てめえはコイン一枚だって払ってないじゃねえか」

「おや……」


 ピエールは涼しい顔。従者ふたりが俺を睨んだ。


「返してやるだけでありがたく思え」

「それどころか、卑しいお前から借りてやっただけで、ありがたく思え」


 頭が痛くなってきた。


「ゴールドマイン卿……」


 感情を抑えた声で、馬鹿に語りかける。


「なにかな、ゲーマ」

「そんな面倒な詐欺案件など、持ち込まなくていい。借金は棒引きにしてやろう」

「詐欺だと!」

「なにを貴様!」


 いきどおった従者ふたりを、ピエールは睨んで黙らせた。


「借金を無しにしてくれると、ほう……」


 満面に笑みが浮かんでいる。現金な野郎だ。


「卑しいとはいえゲーマ、お前も男。二言はないな」

「ないない」


 俺は手を振った。


「再起不能になるまで、三人を痛めつけるんだ。その慰謝料と治療費だよ」

「は?」


 イヤミなヒゲ野郎が、素の顔になった。


「やれ、エミリア」

「ゲーマ様……」




――ぼっ――




 魔法の棍棒が現れた。エミリアの指の先に、いくつも浮かんでいる。


 ――五分後……。


「さて、馬鹿を送り届けるか」


 あちこちの骨を折られて転がっている三人を、俺は蹴飛ばした。もう唸る元気すらないようだ。


「このクソ貴族、小便漏らしやがったか」


 ピエールの股から絨毯にまで、染みが広がっている。


「セミかよ、てめえ。掃除が面倒だっての、アホ」


 思いっ切り金玉を蹴ってやった。ぐうとか唸って、白目剥いたわ。潰れた感触があったから野郎、もう一生使えないだろ。


「エミリア、お前は馬車を用意しろ。ルナ、こいつらを浮かせて乗り込ませることはできるか」

「うん」


 ルナが俺の服から這い出してきた。気絶も同然のこいつらには、もう見られる心配はない。


「死なないように一応、最低限の回復魔法は掛けておくね」


 エミリアを振り返っている。


「にしてもエミリア、ちょっとやり過ぎだよ。あと少しで全員、死んでたよ。まあ……見てて気持ちよかったけどさ」

「ゲーマ様を……侮辱した」


 冷たい瞳で、エミリアが言い放つ。


「これでまた、俺の悪名が轟くな」


 溜息が漏れた。


「自分で死亡フラグ積み重ねてたら世話ないわ、俺」


 こんなんじゃまたぞろアンドリューに嫌われて、いずれ殺されっちまう。このピエールとかいう野郎、どうせ話を盛りまくって俺を悪人に仕立てるだろうし。なんとかフラグ管理しないとなー……。


「でもゲーマはさっきのパン屋さんからの好感度高めたよ」

「そう……です、ゲーマ様」

「まあそうだな。プラマイゼロと考えよう」


 実際は、貴族に嫌われた分、マイナスのがはるかにデカいが……。まあいいや。俺は好きなように生きるわ。どうせ悪役だし、今さら嫌われようが関係ねえ。


「馬鹿発送が終わったら、次の客だ。……今日はあと何人待ってる」

「十二組……」


 エミリアが即答する。


「マジかよ。俺、ストレスで倒れるわ」


 こんなん苦笑いだわ。


 あれだよなー。俺が憑依転生する前のゲーマが太ってたの、理由はこれだろ。ストレスからバカ食いしてたに違いない。多分俺は逆に、疲れ切って痩せちまいそうだけどさ……。




●業務連絡

明日公開の次話より、新章「幽霊古城クエスト」開始!

一周目モブーの動向を把握できるアイテムを求め、ゲーマとエミリア、ルナは古城廃墟に侵入。しかしそこには古代の王の幽霊が眠っていて……。

主役アンドリューを圧倒する、ゲーマの悪役ムーブにご期待下さい!

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