1-6 俺様の悪役ムーブ
俺の屋敷。ぺこぺこしながら応接室を出ていった奴の背中を見送ると、俺は声を張り上げた。
「はい、次」
「失礼します……」
入ってきたのはパン屋の娘だ。まだ十代だろう。粗末な服だが、ちゃんと繕ってあって洗いたてと思われた。ぺこりと頭を下げてくる。
「跳ね鹿亭だよな、たしか」
手元の書類を見て確認する。
「はい、そうです。あの……いつもウチのパンを食べていただき、ありがとうご――」
「ああ、金利代わりだからな」
書類によると、どうやらそうらしい。ゲーマは嫌われていて、街場ではなにかと嫌がらせされる。だから身の回りの必要品などは、借金の対価として受け取っているんだと。エミリアが教えてくれたよ。いやゲーマ、細かく管理してるわ。株主優待で生きてるおっさんみたいじゃん。
「いいから座って」
「でも……」
遠慮してるのか、立ったままもじもじしている。
「突っ立ってられると目障りだ。ムカつく」
真面目な娘らしいので、強く言ってみた。
「は、はい……」
慌てたように、俺の向かいに座る。
「親父か母親は」
「すみません。仕込みと販売で忙しくて、私が代わりに……」
「借金の返済だってのに、娘ひとりで来るのかよ」
「す、すみません……。決してゲーマ様を怖がっているわけでは……」
まあ半分告白したようなもんだな、これ。忙しいのも事実だろうけどさ。
「娘ひとりとか、無用心だろ。俺の屋敷に出入りする奴が金を持ってるのは、悪党だって知っている。道中、強盗にでも遭ったらどうするんだよ」
「あの……心配していただけるんですか」
手を膝に当ててもじもじしてる。
「俺の金が心配なだけだわ。……エミリア」
「はい、ゲーマ様」
エミリアは、俺の背後に控えている。なんでも返済や借り入れを巡ってたまにここで暴れる奴がいるんだと。なので用心のために同席していて、なにかあれば相手を制圧するらしい。エミリア、かわいいけどなんせエルフだからな。戦闘能力は高い。あーもちろん、ルナは俺の服の中に隠してある。秘密の存在だからな。
「エミリア、茶を出してやれ」
「はい」
「いえそんな、もったいない」
「うるさい。毒見してもらいたいだけだ。それにパン屋は遠い。歩いてきたんだろ、馬なんか雇えないだろうし」
「はい……」
うつむいてしまった。
「喉乾いてるだろ。倒れられて親父に恨まれたら、俺が損する」
「すみません……」
エミリアが出した茶に、遠慮がちに口を着けた。
「お、おいしいです」
「全部飲めよ。残されたら、洗うのが面倒だ」
「……はい」
「……で、金は持ってきたのか」
「はい。その……こ、これを」
おそるおそる……といった様子で、テーブルに巾着の中身を広げた。銀貨や銅貨がたくさん、それにわずかだが金貨もある。さりげなくエミリアに視線を投げると、微かに首を振った。どうやら価値の高いコインは含まれていないようだ。それはそれとしても……。
「足りないじゃないか」
今日が返済日というのに、帳簿上の貸金額の半分程度しかない。
「その……今はこれだけしか」
消え入りそうな声だ。
「踏み倒すってのか」
俺が溜息をつくと、縮こまった。
「いえ……後できちんとお支払いしますので」
「ふざけんな。そんな約束、当てになるかよ」
「す、すみません」
視線を合わせないように俯いたまま、ペコペコ頭を下げ続ける。まだ年端も行かない娘にこんなことさせるなんて、気分が悪い。それに親も親だ。どんなに忙しくとも、こんなこと娘にさせちゃ駄目だろ。腹かっさばく覚悟で、親父が来いよ。
「……明日朝イチで、店のパン在庫、全部持ってこい」
「え……」
ようやく俺の目を見た。
「全部ですか。かなりありますけど……」
「ああそうだ。足りない借金のカタとして取り上げる」
「カタって……」
「仕方ないだろ。返せないってんなら、現物で納めてもらわないと。物納って奴だ」
「でも……その……パン全部でも、とても借金残額には足りません」
「足りないから全部もらうんじゃないか」
俺は言い切った。
「期限延ばしたって、どうせ金、返せないだろ。いつまで経っても返してくれない金より、今手に入るパンのが大事だ。俺は腹が減っている。なんせデブだからな」
「いえ……その……」
俺の自虐ギャグにも無反応だ。まあそりゃそうか。
「……も、申し訳有りません」
頭を下げる。
「そ……その、足りない分は」
「いらん。そのためのカタだからな」
「でもそれでは、ゲーマ様が大損では」
真面目な娘だ。こんなに素直だと、そのうち悪党か女衒に騙されるぞ。なんか俺のが心配だわ。
「うるさい。俺はどうせ嫌われ者だ。後々まで返し渋られるより、今、そんな奴の売り物を買い占めて商売の邪魔をしてやったほうが、気分いいわ」
「あの……」
娘に頭を下げられた。
「あの……ありがとうございます」
「勘違いするな。例なんか言われる筋合いじゃない。お前のとこのパンはうまいからな。それを買い占めて、お前の常連を泣かせることで店に嫌がらせしてやるだけだ」
「ぶどうパン……おいしい」
黙って経緯を見ていたエミリアが、急に口を挟んできた。
「くるみパンもだよ」
よせばいいのに、服の中からルナまで参戦だ。
「い、今の声は……」
驚いたように、周囲を見回している。
「空耳だ」
さりげなく、服越しにルナのほっぺをつねってやった。いくら退屈だからって、口突っ込むなっての。
「とにかく、明日朝イチにパン持ってこい。……ああ、運ぶのに金かかるか。なら俺の馬車を迎えにやる。それに全部積み込め。馬車は全自動でこの屋敷に戻ってくる」
「借金棒引きだけじゃなく、売上にも貢献していただいてありがとうございます」
「知るか。パンの分の金は払わん。だから売上ゼロだろ。ざまあみろってんだ。……俺に意地悪されたからって、付き合いを切るなよ。これからも定期的にパンを納めに来い。エミリアも……謎の声も、お前んとこのパン、大好きだからな。もちろん俺も」
「はい。それはもう、生涯無料で提供します」
父親のパンを褒められたためか、嬉しそうだ。どうやら家族仲もいいんだろう。
「馬鹿言うな。次からはちゃんと金は払う。死ぬまでパンを脅し取るとか噂を流されたら、たまらんからな。俺が損する」
「ありがとうございます」
悪役ムーブをしていじめてるんだが、なんだか知らんがうれしそうな顔で帰っていったよ、パン屋の娘。
「ゲーマ……」
服の隙間から、ルナが顔を出した。
「これでいいの。お金、損じゃん」
「いいんだよルナ。小口借金なんて、管理が面倒だからな。雑魚は放流だ。そのほうが俺のタイパが良くなる」
本音だ。悪役金貸しの役割をこなしながら、俺は業務を地味に縮小しつつある。なんせモブーのことがあるし、自分の死亡フラグも管理しないとならない。どうやら金はいくらでもあるんだし、大口債権だけ残して、雑魚債権は消滅させたい。時間の無駄だわ。
「タイパねえ……」
「いいからまた潜り込め。次が入ってくるぞ」
「うん」
脚をばたばたさせて服に入ってきた。
「失礼致す」
華美服姿の、気取り切った貴族が入ってきた。中年のおっさんだ。キザったらしいヒゲを油でぴんと伸ばして、従者をふたりも連れている。いや借金返しに来ただけなのに、従者なんかいらんだろ――とは思ったが、人のことだし別にいいか……。
俺が案内すらしていないのに、俺の前の席に勝手に着いた。従者は後ろに立ったままだ。
「ピエール様である」
従者のひとりが、重々しく宣言した。
ピエール様ねえ……。
手元の書類を、俺はぺらぺらめくった。……ああ、こいつか。ピエール・ゴールドマイン子爵ね。
「ゴールドマイン卿、なにか御用ですか。返済期日までは、まだ日時があるようですが」
相手は貴族だ。一応は丁寧な口調で応対してやる。
「お前に用立てさせた資金は返せぬ」
いきなりの宣言に、頭が痛くなった。
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