2 幽霊古城クエスト

2-1 装備調達

「ゲーマ様、いらっしゃいませ」


 武器屋の親父は、これ以上ないくらいの愛想笑いを浮かべていた。もう手が擦り切れるんじゃないかってくらい、ハエ並に両手を擦り合わせている。ここは、Sクラス以上の冒険者しか入れない、上級ショップ。滅多に手に入らない貴重な武器防具、それにアイテムを商っている。


 広い店内には、武器や防具は飾られていない。全て奥の倉庫に隠してあるのだという。超高価なアイテムを扱う店だけに、客もほとんどいない。数人の冒険者が、隅でなにか打ち合わせしているだけ。戦士は傷跡だらけ、魔道士は鋭い眼光。貴重な武器防具を装備していて、いかにも上級冒険者といった風体だ。


「おい……あいつゲーマだぞ」

「えっ……悪逆金貸しの」


 店に入ってきた俺に、冒険者の視線がさっと集まった。


「しっ……聞こえるぞ」


 いや聞こえてるわもう。


「見ろあいつ、エルフなんか連れてやがる。滅多に見られるもんじゃないぞ、エルフとか」

「ちっ……。金で買ったんだろ」

「美少女じゃねえか。……くそっ。夜な夜なもてあそんでるんだろうな」


 だから聞こえてるって。もっと小声にしろ。


 俺の後ろでおどおど店を見回しているのは、奴隷エルフ、エミリアだ。不安そうに、俺の服を掴んでいる。ルナはもちろん、服の中に隠れている。


「なにか御用でしょうか」


 店主は、不安そうな瞳となった。


「あの……借金返済の期限はまだのはずですが」

「うん。わかってる」


 二周目転生してから二週間ほど。その間の全ての時間を費やし、ゲーマが抱える債権を、俺は全部把握した。屋敷に閉じこもったまま、日々の金貸し業務と並行しながら。


 農民から職人、それに商人、さらに貴族から上は王族の一部まで。ゲーマは幅広く金を貸していた。たったひとりでよくこれだけ幅広く手を広げられたな。ある意味、尊敬できるわ。俺なら面倒だから、こんなにたくさんの債権管理なんかしたくないからさ。


 とにかく、そういうわけで、この上級ショップにかなり金を貸しているとわかっていた。だから来たんだ。ここで装備を入手する。代金として借金を棒引きにする。金貸し業務をわずかなりと縮小できるから、一石二鳥なわけよ。俺は徐々に悪役引退したいからな。貸金管理するの面倒だし。


 装備を揃えるのは、ちょっとしたクエストをこなさないとならないとわかったからだ。ルナが言っていた、モブーの動向を探るためのクエストをな。


「今日は、装備を入手したくてね」

「へっ……」


 親父が口をぽかんと開けた。


「その……どなたの」

「俺のだ」

「ゲ……ゲーマ様の」


 目を白黒している。


「ああそうだ。冒険するってわけじゃないけど、金貸し業務もそれなりに危険だからな」


 表向きの理由を出した。前もって考えてきたものだ。


「なるほど。それもそうでございますね。さすがはゲーマ様だ」


 ぺらぺらとおべんちゃらを口にする。お前、絶対そう思ってないだろ――とは感じたが、もちろん口には出さない。


「その……どのような装備をご希望でしょうか」

「うん……」


 ルナと相談して、そのあたりも決めてきた。


戦士ファイターだ」

「ぷっ!」


 聞き耳を立てていた冒険者連中が噴き出した。


「見ろよ。あのデブが戦士だとよ」

「チュートリアルレベルのダンジョンでも瞬殺されるだろ。借金していた奴らが大喜びするぜ」


 俺は聞こえないフリをした。馬鹿と絡むと人生を無駄にする。それは俺が底辺社畜時代に学んだ知恵だ。なんたって、キックバックを要求するカス取引先だの、自分の失敗を押し付けてくるクソ上司とかいたからな。


「戦士ですか……」


 愛想笑いが消えて、武器商人はプロの顔つきとなった。鋭い眼光で、俺の体型と筋肉を見積もっている。


「守備的戦士の線で頼む」

「ゲーマ様の体型だとベストですね」


 嫌味ではない。専門家としての素の評価だ。


「それですと、ちょうど今、いい剣があります。別大陸の冒険者が持ち込んできた品。太古のドワーフ王が鍛えさせたとかいう、ヒヒイロカネの長剣。アーティファクトで、垂涎の品です」

「なんで売れ残ってたんだ、そんな貴重な剣が」

「高いのがひとつ。それにドワーフ王が使っていた剣です。ドワーフは小柄なので、長剣と言ってもやや短い。人間が使うにはやや半端でして。ですが……」


 俺の腕の長さを、指で測った。


「ですが、ゲーマ様が守備的戦士として使うにはベスト。短いし、ヒヒイロカネはミスリルより軽く強靭ですからね。魔道士など後衛を守って戦う守備的戦士は、間合いの長さや斬撃力よりも手数が重要。この剣がぴったりです」


 店主が合図すると、丁稚の小僧が裏の倉庫に消えた。


「こちらです」


 ひと振りの剣が持ち出された。アーティファクトという割に、鞘は地味な鈍色金属製で目立たない。細かな彫金がびっしり施されているのが、いかにも工芸に優れたドワーフの技だ。


「どれ……」


 手渡された剣を、握ってみる。言われたとおり、やたらと軽い。竹光たけみつじゃないかと思うくらい。柄はなにかの革巻きで、手に吸い着くよう。これならモンスターの血でぬるりと滑ることもないだろう。すっと抜くと、チタンに似たグレイの刃が現れた。


「すげえ……」


 背後から、戦士の声が聞こえた。


「あんな剣、初めて見た」


 見た目で俺を馬鹿にする阿呆だが、戦士だけにさすがに剣の良し悪しはわかるらしい。


「いいな。これをもらおう」

「次に防具ですが……」


 首に掛けていた布尺を手に取ると、俺の胸周りと胴回りを測る。胸に潜むルナに気づかれないかとハラハラしたが、大丈夫だった。


「ゲーマ様は特殊な体型ですので、工夫が必要です」


 デブで悪かったな。繰り返すが、これ武器商人の嫌味じゃないぞ。プロの意見だ。


「それに守備的戦士とのことなので、防御力より動きやすさ重視でいい。だからミスリルを編み込んだ特殊な布防具と革の胸当ての組み合わせがいいでしょう。胸当てなら腹が出ていても邪魔にならないし。それらを用意します。どちらもアーティファクトで高価ですが、よろしいですか」

「ああ。金に糸目はつけん」


 金なんかどうでもいい。腐る程持ってるし。それより命だわ。


「ゲーマ様にしては豪気ですな。……いやこれは失敬」


 苦笑いしている。いや俺が憑依転生する前のゲーマ、どんだけケチなんだよ。笑うわ。


「では剣帯はサービスでお付けします。こちらも貴重な品で……」


 てきぱきと、丁稚に指示する。


「こちらで全部でしょうか」

「いや。あと、こいつの装備も揃えてくれ」


 陰に隠れていたエミリアを、そっと前に出してやった。いきなり押し出すとエミリア、怯えちゃうからな。この娘、とにかく優しく扱ってやらないとおどおどするからさ。


「エルフのお嬢様ですね。これは……武具商として腕が鳴りますな。エルフ様の装備を考えるなど、二十年ぶりだ」


 嬉しそうだ。俺が入店してきたときの怯え顔とは大違いだな。


「お嬢様は、どのような方向を目指しておられますか。エルフであれば、スカウト系の短剣装備、中衛としての弓矢装備、魔道士系の後衛装備と、色々考えられますが」

「……」

「ほらエミリア、遠慮しないで言えよ」

「……」


 俺の袖を持ったまま、まだ黙っている。


「命令だぞ」

「は……はい」


 俺を見上げてきた。


「その……全部を」


 エミリアは、なんとか声を押し出した。


「ぜ、全部!?」


 ベテラン武器商も、さすがに驚いてるな。いや俺もびっくりしたけどさ。


「お嬢様……。いくらエルフでも、全部のスキルを持つなど、あり得ない話。普通はたとえば弓をメインに、近接防御用に短剣を装備するとか、その程度で……」

「全部……全力で攻撃できる装備にして下さい。武器は短剣と弓。それに魔道士の服。あと……魔法効果を高める、アクセサリーも」


 はっきりと、エミリアが言い切った。

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