3-4 主人公アンドリューの待ち伏せを秒でいなすw

「ゲーマ様……もっと強く……抱いて」


 黒馬を自在に操り、エミリアは道を飛ばしている。俺はエミリアの背後でニケツだ。先行するシャーロットの馬が街道で砂埃を立てているのが、エミリアの体越しに見える。


「あ、ああ……」


 とはいえ苦しい。なんせ俺、腹が異様に出てるからな。密着が難しい。エミリアの体になんとか手を回して、ぎゅっと抱き締めた。


「それで……いい」

「まあ精一杯頑張るよ」


 体が上下に大きく揺れる。内腿で馬体を全力で挟んでいないと、跳ねた勢いで落ちそうになる。話すと舌を噛みそうになるので、俺は黙っていた。ところで……。


 ところでエミリア、いい匂いするな。体柔らかいし。夜中のシャーロットといい俺、再転生後は割といい思いしてるわ。モブーと自分の死亡フラグを折って回るとかいう苦行を押し付けたあのクソ女神のお詫びの印かなんかか、これ。


 そう思っちゃうくらいだわ。思えば前々世の社畜時代、前世のモブー時代と、モテとはとことん縁がなかったからなあ……。人生に三度あるとかいうモテ期、いつ俺にあった。


「どのくらいかかるかな」

「今、ゲーマの屋敷を出たばかりだからね。三十分とちょっとだよ」


 俺の胸から、ルナが見上げてきた。ルナの魔法のおかげで、これでも揺れが抑えられてるんだ。


「街道から外れれば、すぐにリューガだよ。そこから山道を辿るんだ。山道は飛ばせないから、そこで時間がかかるんだ」

「なるほど。……なんだ?」


 先行するシャーロットが、突然速度を落とした。今はもう常歩なみあし――つまりかっぽかっぽ歩くペースで、馬を進めている。と、すぐ止まった。隣に馬を進めたところで、理由がわかった。


「アンドリュー……」


 街道脇に座り込んで待ち伏せしていたらしいアンドリューが、馬の前に立ち塞がっていた。フローレンスを連れて。ルナが服の中に潜り込んできた。あいつらに見られないように。


「ゲーマ」


 憎々しげに、アンドリューが俺を睨んでいる。


「どけ、アンドリュー」


 俺は怒鳴った。優しく対してやる余裕はない。時間が惜しい。なんせモブーが死ぬと、この俺も即死しちまうからな。


「馬で踏み倒すぞ」

「いいね。正当防衛で殺せるし」


 長剣を抜いた。いかにも「主人公用」といったきれいな刀身。美剣だ。


「ちっ……」


 面倒なことになった。


「俺達は急いでる。邪魔するな、アンドリュー」

「村人の借金を、全部帳消しにしろ」

「はあ?」


 アンドリューは、とんでもない要求を出してきた。借金棒引き強要って、普通に犯罪じゃん。正義の味方の主人公が、そんなことしていいのかよ。


「アンドリューお前、経済行為を否定するのかよ。世の中、カネで回ってるんだぞ」

「そんな世の中は間違ってる。金貨も借金も、なんなら賃金も無くなればいい。世の中は善意で回るべきだよ」


 なんだこいつ……。金融否定とか、あらゆる産業を駄目にする愚策じゃんよ。経済活動が一気にシュリンクして餓死者続出になるけどいいんか。これだから現実を知らないお坊ちゃんは……。


 お前小学校から勉強し直せ――と叫びたかったが、ここ異世界だからなー。


「ゲーマ、お前なんかをフローレンスには近づけないぞ」


 はあ、そういうことか。原作ゲーム上の俺は、村の借金のカタに、フローレンスに関係を迫っていた設定だからな。それで恨みを買って、いずれ正義を気取ったアンドリューやフローレンス、シャーロットに殺される展開なわけで。


「わかった」

「へ?」


 瞬時に決断した俺が言い切るとアンドリューは、間抜けな素の顔になった。


「ど、どういうことだよ」

「村の借金は全部チャラにする。だからどけっ。……それでいいだろ」

「ば、馬鹿な……」


 口をあんぐり開けてやがる。悪役の俺がそんなことを決断できるとは、思ってもみなかったんだろう。多分こいつ、フローレンスの前でいいカッコしたかっただけだな。


「ドケチのゲーマがそんなはずは……。お前、なにを企んでる」

「企むもクソも、お前の頼みを聞いてやろうって話だろ」

「た、頼んでなんかない。僕の命令だ」

「はいはい。お前の命令に従ったってことでいいよ」


 おこちゃまかよ。


「で、でも……」


 まだなんか迷ってやがる。どうすればいいんだっての。


「アンドリュー。お前の村の借用書は、全部こっちで燃やす。村人が持ってる控えは、念のためお前が保管しておけ」


 この際、ヘクタドラクマ収集は後回しでいい。今はそれよりモブー、つまり前世俺を助けないと。


「な、ならフローレンスは」

「フローレンスか……」


 俺に見つめられると、あわてたように、フローレンスは目を逸らした。


「俺を見ろ、フローレンス」

「……なに」


 警戒している瞳だ。


「俺は知らんが、俺が迫っていて悪かったな」


 変な言い方になったが仕方ない。事実だし。迫ったらしいのは、憑依転生前の「俺が知らんゲーマ」だからな。


「えっ……謝った……。あの……ゲーマが」

「もうお前は自由だ。好きに生きろ」

「う……うん」


 戸惑いながらも、こっくりと頷く。


「お前を村に縛る借金は、もう消えた。どこへなりと行って、好きに生きろ」

「うん……」

「好きに生きるわけないだろ」


 いきなりアンドリューが割り込んできた。


「えっ!?」


 フローレンスは絶句している。


「フローレンスは僕と魔王討伐パーティーを組んだんだからな。これからふたりで修行の旅だ。どこぞの生意気な貴族娘が、わがままして逃げたしな」

「そう……」


 ここまで黙って経緯を見ていたシャーロットが、溜息をついた。軽蔑するかのように、馬上からアンドリューを見下ろす。


「そう思うなら、ご勝手に。わたくし、今は自由な人生を楽しんでいるから」

「自由だって……」


 唇の端を曲げて嘲笑あざわらう。


「シャーロットはもはやゲーマの奴隷も同然だろ」

「あら楽しいわよ」


 アンドリューの皮肉を、鼻であしらった。。


「昨晩だって、エルフのエミリアと一緒に、ゲーマの寝台で寝たし」


 わざと誤解を招く言い方。煽りスキル高いな、シャーロットの奴。前々世のレスバ味方に欲しかったくらいだわ。


「一緒の……寝台……だと。しかも……貴種……エルフまで」


 嫉妬に狂った目だ。


「そこまで虐げられているのか」

「自分の意志よ」


 シャーロットは、フローレンスに視線を移した。


「ねえフローレンス」

「なに、シャーロット」

「あなたに自由意志はあるの? わたくしのような、自分の魂の底から湧き上がってくるパッションは」

「それは……」


 一瞬だけちろとアンドリューに視線を飛ばして。


「魔王が……」

「あなたこそ、誰かに洗脳されてるんじゃないの、フローレンス」

「で、でも……」


 またアンドリューに視線を投げる。


「その……」

「ならまあいいわ」


 シャーロットは肩をすくめてみせた。


「もうわたくしとゲーマ、エミリアを行かせてちょうだいね、アンドリュー」

「待て」

「話は終わったでしょ」

「その奴隷エルフを解放しろ」


 アンドリューは、剣先でエミリアを指してみせた。


「貴種エルフは、僕のような高貴な目的のパーティーにこそふさわしい」


 なに言ってんだ、このぼっちゃん。シャーロットの抜けた穴を、エルフで埋めたいのか。原作ゲームでは、エルフは超強力な存在だからな。


 おまけにエミリアはとびきり美少女だし、なんなら自分のハーレムパーティーに加えたいのかも。悪徳貴族ゲーマから奪うなら、それは正義だって言い張れるし。おこちゃまなりの、精一杯の理由付けなんだろう。


 俺は元が底辺社畜だし、一周目モブーの苦労の多い人生だって全うしている。だからアンドリューの、子供に毛の生えた程度の薄っぺらい正義感も戦略も、アホらしいのひと言だ。


 ――めんどくせーっ――


 俺は溜息をついた。


 百歩譲って俺がエミリアを解放したとしても、別にアンドリューの仲間になるとは限らんだろ。それこそエミリアの自由意志だ。


「邪魔」


 エミリアが呟くと、馬がいなないた。前足でアンドリューを威嚇する。


「殺す」


 エミリアの指から雷撃魔法が飛ぶと、アンドリューの足元に着弾。轟音と共に、地面に大穴が開いた。


「次は……当てる」


 エルフの青緑の瞳に睨まれて、アンドリューは逃げ出した。無言で。フローレンスを置き去りにして、全力疾走だ。いや自分の女くらい守れよ、アホ。悪役ゲーマの前に差し出したままとか、俺が襲いかかったらどうするつもりなんだ。


「かわいそうに……洗脳されているんだね……ゲーマに」


 途切れ途切れに、捨て台詞が聞こえてくる。


「なんだ、あいつ」


 思いっきり負け犬の遠吠えで、大笑いだわ。


 前々世でプレイしたゲーム知識ではあいつ、もっとまともな奴だったのにな。俺が二周も転生して、設定がずれたんだろうか。そもそも幼馴染であるモブーが死んでないしな、一周目も二周目も。そらどんどん逸脱していくか……。


「あの……」


 呆れ返っている俺に、フローレンスが頭を下げた。


「その……ありがとう。村の借金のこと」


 それだけ言い残して、アンドリューの後を追った。


「フローレンス」


 後ろ姿に、シャーロットが声を掛けた


「なにか困ったことがあったら、わたくしに相談してね。あなたとは友達だもの。いい、冒険に出ていなければわたくし、ゲーマの屋敷に滞在しているから」


 微かに、フローレンスが頷いた気はした。


「さあ行くぞ、みんな」


 気を取り直した。背後から、エミリアの体を抱く。


「時間がない。モブー救出に向かおう」

「わかった」

「うん」

「ぷはーっ苦しかった」


 ごそごそ顔を出したルナが手を上げると、号令を掛けた。


「しゅっぱーつっ」

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