3-3 「遠見の珠」とモブーの危機
「さて、じゃあまずエミリアの服を買いに行くか」
翌朝。朝食を終えた俺は、身支度を終えた。
「そうね」
俺の目を見ずに、シャーロットが答えた。やっぱ恥ずかしいみたいだな。昨日は四人……というか三人と妖精で雑魚寝だった。俺とシャーロットは寝台の両端な。だけど夜中にくすぐったくって目が覚めたら、シャーロットが俺の背中に抱き着いてたよ。なんか寝ぼけてそうなったらしい。まあ俺としては別にそれでいい……というか背中にかわいい女子の胸を感じたんだから、むしろ大歓迎というか、ほっておいた。したらさ――。
「んぎゃーっ!」とか朝方に叫び声が聞こえて、驚いて飛び起きた俺は、シャーロットにどつかれた。
「な、なにしてるのよ」
「知らんがな」
「ど、どうしてわたくしがゲーマに抱き着かされてるの」
「お前が勝手に抱き着いてきたんだろ。どうやって俺がお前に抱き着かせるんだっての」
シャーロットの奴、わけわからなくなってて笑ったよ。ようやく自分がしたことらしいとわかって、赤くなったり青くなったりして面白かった。
その流れがあったからか、朝食の席でもこいつは静かだったんだわ。
そんなわけでいつものおしゃべりルナ以外静かだった朝食が終わると、俺達は出掛ける準備を始めた。
「あーでも……」
突然、ルナがテーブルに立った。
「その前にゲーマ。一度、遠見の珠を使ってみようよ」
「例の珠か。モブーの動向がわかるとかいう……」
考えた。たしかにそうだ。まだ使ってはいない。古城の幽霊王から入手した品だから、偽物とか効果なしとかは考えにくい。だがまず製品の出来を確かめるのは、社畜としては当然の話だ。
「よし、やってみるか」
テーブルに置いてあった例の珠を、俺は取り上げた。
「ところでこれ、どうやって使うんだ」
「まず、これで追跡する人物を設定するんだ」
「モブーってことだな」
「うん。使用者がまずその人を思い浮かべて、珠に情報を埋め込む。……まず握ってみて」
「おう」
ルナに言われるままに作業した。「はじまりの村」で一目散に逃げていく、モブー(つまり前世俺)の情けない後ろ姿を、俺は思い浮かべた。……と、珠が俺の手の中で発熱した。
「うん。情報埋め込み成功だね。じゃあ試しに今のモブーを見てみようよ」
「ああ」
占いの水晶玉のように覗き込む。中に見えるのかと思ったが、そうではなかった。俺の脳内に突然、光景が浮かんだのだ。ちょうど、望遠レンズで遠くから人物を追うような構図で。脳内でカメラは寄ったり引いたり、自由に動かせる。
見覚えのある山中を、モブーはだるそうに歩いていた。見た目だけはそれっぽく見える、貧弱なファイター装備を身に着けて。
「ヤバっ!」
思わず叫んじゃったよ。
「なに。どうしたの、ゲーマ」
俺の顔を、シャーロットが覗き込んできた。
「モブー、死ぬかも」
「はあ? 説明してよ」
モブーとして経験した前世のイベントを、俺は思い起こした。
初期村の即死イベントを回避したモブーは、放浪の旅に出た。無能な即死モブに転生したとはいえ、ここはゲーム世界。転生前の社畜時代にさんざっぱら遊んだゲームそのものだ。プレイヤーとしての知識はある。その知識を頼りに生きていくことにしたのだ。
弱々冒険者とはいえ、プレイヤーとして雑魚敵の弱点は知り尽くしている。それを生かし、貧しい村で「流れ用心棒」業務を始めた。
いやつまり、社畜営業スキルででたらめを吹き込んで村に潜り込むと、畑や野山を荒らす雑魚モンスターを適当に狩る。死にたくはないので、「叩き出されないぎりぎり」だけ営業成績を出す。これも前世で獲得した特殊スキルwだ。やがて文句を言われ始め、ついには無能バレして村を放逐されると、次の村に移る。
これを繰り返していた。
珠の中に俺が見たのは、その最初の村。その裏山の光景だった。いや俺、覚えてるんだわ、ここ。だってモブー、もうすぐ地下に落ちるんだからな。土に埋もれた遺跡の天井を踏み破って。古代のダンジョン跡で、中にはモンスターがうようよしてる奴。
あんときは奇跡的に出口が見つかって逃げられたが、死にそうな目に遭って肝を冷やした。
「モブーの野郎、もうすぐ踏み抜くぞ」
状況を、俺はみんなに説明した。
今思うと、こんとき死なずに済んだの、二周目俺、つまりゲーマが陰から手助けしてたんじゃないか。でないと生き残れるはずはない。周囲は古代のモンスター。んでモブーはなんの能力もない、ただの即死モブだ。
「その村は?」
「竜牙村」
「リューガ……」
一瞬だけ、シャーロットは天井を仰いだ。
「馬を飛ばせば、一時間で着く。ただ、馬車では時間が掛かるわ」
「ゲーマ、あなた乗馬得意?」
「苦手だわ。元が転生者だし、モブー時代にだって、駄馬にちょこっと乗った程度で」
「ゲーマ様……」
エミリアが、俺の袖を掴んだ。
「私の馬に」
「そうするか」
エルフは森の子。それだけに乗馬は得意とされている。
「ゲーマが落ちないよう、ボクも魔法で加護しておくね」
いつものように俺の胸に、ルナが潜り込んできた。
「馬小屋に行きましょう」
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