3-2 寝室問題

「本当にここしかないの、寝るところ」

「はい」


 ひと言の元にエミリアに否定されて、シャーロットは絶句した。


「でもここ、ゲーマの寝室でしょ。一緒に寝ろってこと?」


 ボロい部屋を見回している。


 まあ厳密に言えば寝室じゃなくて、俺の居室だけどな。なんせゲーマ、自分の贅沢には興味なかったみたいで、この一室に自分が暮らす全部の機能を押し込んであるし。


「それに本当にゲーマの部屋なの、ここ……。なんだか……」


 シャーロットは言い淀んだ。


「悪いけれど実家の執事の部屋より……なんというか……」

「ぼろぼろで悪かったな」


 実際、大儲けしてる悪徳貴族の自室としては狭い。掃除こそ行き届いているが壁紙は剥がれかけてるし、カーテンは穴開き。ベッドだって取り柄は広いだけの簡素な造りで、豪勢な天蓋付きとかではない。そりゃシャーロットも信じられないだろうさ。


「これだけ広い貴族の屋敷なのに、客用の寝室すらないってことなの。信じられないんだけれど」

「俺が転生する前のゲーマは、この屋敷もどうでもよかったみたいだ」

「はあ……」


 商売のため相手を威圧する必要があり、そのために大きな屋敷を構えた。必要なのはそうした「ガワ」だけであって、そのために前庭とエントランスホール、応接室だけは豪華にし手入れもしっかりしている。


 それ以外は全部放置。裏庭は荒れて草ぼうぼう。自室は狭くて帳簿付けから就寝まで同じ部屋。残りの部屋は傷むに任せて最小限の補修しか行っていない。


 エミリアの作ってくれる食事を毎日なんの注文もせず食べて、後は仕事をして寝るだけ。なんというか、悪党というよりむしろ修行僧のような暮らしぶり。てかこれもうなんなら底辺社畜だろw


 いや俺もよく知らんが、それがマジで「悪徳金貸し貴族」ゲーマの暮らしぶりだったようだ。


 そう説明してやると、シャーロットは首を傾げた。


「人は見かけによらないって……、こういうときに使ってもいいのかしら」

「いや俺も転生して驚いたんだわ」

「本当に他に部屋はないのね」

「後は……私の部屋」

「そこでいいわ、エミリア。一緒に寝かせてちょうだい」

「狭い。無理」


 あっさり断られて涙目になってやんの。


「いいじゃん、シャーロット」


 珍しく黙ったままことの成り行きを見ていたルナが、口を挟んできた。


「明日から、ゲーマと生活を共にして冒険するじゃん。馬車での移動になるから毎日、狭い荷室で雑魚寝だよ。ゲーマと一緒に。同じことだよね」

「それはそうだけれど……」


 困ったように首を傾げる。


「いくら仲間とはいえ、嫁入り前に男とふたりっきりの夜っていうのは」

「ボクも一緒に寝るよ」

「ルナは妖精じゃない」

「ゲーマがエッチなことしたら、ボクがお仕置きしてあげるから」

「エッチなことしてからじゃ遅いでしょ……そうだ」


 エミリアの手を取った。


「エミリアも一緒に寝ましょう。幸いここの寝台、無駄に広いし。五人くらい楽に泊まれるじゃない。わたくしが端、隣にエミリア。それからルナを挟んで、寝台の端の端にゲーマ。それならいいわ」

「私は……奴隷」


 エミリアがもじもじした。


「いいじゃない。あなたの部屋の寝台も狭いんでしょ。ならこの広い部屋で眠ったら、疲れも取れるわよ」

「それは……」


 困ったような上目遣いで、エミリアに見つめられた。いや……どうしよ、これ。


「いいね。決まり」


 てかルナ。お前勝手に決めるな。


「馬車移動の予行演習できるし。同じことだもん」

「寝るのに予行演習なんかいらんわ」

「いいじゃん。ゲーマとふたりっきりで毎晩ボクも怖かったし」


 またしても嘘をつきやがる。こいつ……。俺の出っ張った腹にさっさと抱き着いてぐうぐう寝るの、どこのどいつだよ。


 ……とはいえ、まあいいか。こんなどうでもいいことで揉めてるようじゃ、危険なクエストなんか無理に決まってる。日常生活チューンの段階から、パーティーの息を揃えておかないとな。


「んなら俺もそれでいいわ。面倒だ」

「わーいっ、決まりだね」


 ルナが俺の頭上を飛び回る。


「ねえねえゲーマ、今晩から四人でキャンプだよ。楽しいよね、ねえねえ」


 悩みのない奴だ……。


「でも私……」


 ゴスロリメイド服で、もじもじしている。


「今晩からここに泊まれ。命令だ」

「め、命令なら……」


 こっくりと、エミリアは頷いた。


「そう……致します」


 なんとか話は着いた。シャーロットは、持参の白い夜着。なんだかよくわからんが、ドレープが多くてふわふわした奴。スカート部分がやたらと広がっているからなんだか巨大クラゲかソフトクリームかって感じ。ルナは特に着替えもないので、裸になって俺の胸で丸まってる。問題はエミリアだった。


「エミリアお前、そのメイド服のまま寝るつもりなのか」

「その……」


 寝台の脇に突っ立ったまま、恥ずかしそうにもじもじしている。


「他に……服がない」

「いつもはどうしてるんだよ」

「下着で……寝てる」

「そうか……」


 いやゲーマの奴。いくら身の回りはどうでもいいと思ってたとはいえ、メイドのために普段着と寝間着くらい誂えてやれよマジで。


「わたくしの替えの夜着を貸してあげるわ」


 シャーロットが、自分のトランクを開けた。


「明日、みんなでエミリアの服を揃えにいきましょう。これからの冒険に必要でしょ、どっちにしろ」


 睨まれた。


「奴隷とはいえ女の子に夜着も買ってあげないなんて……。文句ないわよね、ゲーマ」

「は、はい……」


 いやエミリアに服を買ってやらなかったの、俺じゃなくて転生前のゲーマだし。俺は知らんし。こんなかわいい子なんだから、俺だったらむしろ非公式mod並にアブナイ服をてんこ盛りに並べて着せ替えごっこしてから襲いかかるし。……とは思ったがもちろん、そんなことを言えば魔法で瞬殺されそうなので黙っていた。


 パーティー組んだばかりというのに俺、リーダーの威厳、早くもないな。

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