2-7 主役アンドリューと接近遭遇

「はあー……疲れた」


 太った体は嫌だ。転生前の俺からすると、体に鉛を巻いて暮らしているようだ。それくらいキツい。幽霊城の地下から外まで階段を上がるだけで、ふうふう言うんだからな。


「ゲーマ様、水を……」


 へたり込んだ俺に、エミリアが革袋を差し出してきた。


「の……飲ませてくれ」

「……はい」


 しゃがみ込み、寄り添うようにして袋の口を俺の唇に当ててくれる。


「……うまい」


 冷たい水が、五臓六腑に染み渡るようだ。……それにしてもいい匂いするな、エミリア。バニラのような爽やかな甘さというか……。俺みたいに汗臭くならないの凄いわ。エルフならではなのかもしれないけどさ。


「ありがとう。お前も飲め」

「……」


 こっくり頷くと、自分もひとくち飲む。それからまた俺の唇に当ててきた。


「さて……と。ゆっくり帰ろうか、ゲーマ」


 俺の頭の上に立って、ルナは周囲を見回している。


「……あっ! 人が来たよ」

「人……。こんな外れにか」


 見ると、森の木陰から三人、顔を出したところだ。


「マジかよ……」


 しかも前々世のゲームプレイで知ってる奴。いやつまり主人公アンドリューと、幼馴染フローレンス、それに貴族魔道士シャーロットじゃん。この古城はゲームで旅立ち後二番目のクエストがあるところ。もうそこまでイベント進めてたってことかよ。


「あいつっ!」


 連中もこっちに気がついた。


「ヤバっ!」


 ルナが俺の胸の中に飛び込んできた。頭から潜ってきて、脚をばたばたしながら奥に入り込む。そりゃ妖精がいるところなんか、見られるわけにはいかないからな。


「おいっ」


 俺を睨みつけながら、アンドリューはぐいぐい進んできた。初期でも手に入る品とはいえ、いかにも主人公然とした、立派な勇者装備を身に着けている。


「……」


 やむなく、俺は立ち上がった。蹴られたりしたらたまらん。悪役金貸しとして、こいつに嫌われてるのは知ってるからな。いずれ俺、アンドリューに殺されちゃうわけだし。


 用心深く、剣がぎりぎり届かないくらいの間合いで、アンドリューは立ち止まった。睨みつけてくる。


「なんでお前、こんなところにいる」

「アンドリュー、お前に許可をもらわんとならんのか」


 まだ十代のくせに偉そうな態度だな、こいつ。主人公だから傍若無人なのは当然かもしれんが……。それに脇に立つフローレンスがまたなあ……。かわいい美少女なのに、俺を怖がっている瞳だ。まあ原作ゲームでは、俺が言い寄ってるからな、フローレンスに。冷害不作で困った村の住人に高利で金を貸した揚げ句、村の借金棒引きを餌にして。


 前々世の社畜時代に、俺は底辺を這い回った。馬鹿にされるのは慣れてる。だから傷つきはしないが、気分がいいわけじゃない。だってそうだろ。原作ゲーマは知らんが今ここに立つ俺は、アンドリューにもフローレンスにも、なんの悪事も働いてないからな。


「なんの用なの」


 フローレンスの声は震えていた。


「もしかして……私をつけまわして……」

「いや違うし」


 俺の分身モブーを救うため、遠見の珠を探しに来ただけだし――と言いたかったが、赤の他人に秘密を明かすわけにはいかない。


「大魔道士様……」


 貴族魔道士シャーロットが、うっとりと呟く。


「大魔道士? なに言ってるんだ、シャーロット」


 アンドリューが吐き捨てる。


 そうか……。ゲームシナリオどおりシャーロット、初期村であの後ちゃんとアンドリューのパーティーに入ったんだな。原作準拠なら彼女は、フローレンスと共にいずれはアンドリューの嫁となってハーレム展開するわけだが……。


「こいつはな、庶民の生き血をすする寄生虫、悪徳金貸しだよ。しかもフローレンスに言い寄ってるし……」

「女を口説くのに、お前の許可が必要なのか」


 ムカついたんで、思わず口から出た。またしても自分の死亡フラグを強固にした気もするが、知るか。俺は好きなように生きるわ。


「ええ? 主人公様だからって、図にのんなよ」

「主人公? なんのことだよ」


 そらこいつも知らんわな。ここがゲーム世界で、自分がその主人公だなんて。


「それよりよ、なにもかにも、てめえの意のままになると思ったら大違いだぜ、アンドリュー。フローレンスだって、自分の好きなように恋愛する自由はあるだろ」

「あるわけないだろ」


 あっさり言い切る。えっ……という表情で、フローレンスがアンドリューの顔をまじまじと見つめた。


「フローレンスは僕とパーティーを組んだんだ。魔王討伐のその日まで、他人との恋愛なんてもってのほか」

「他人との恋愛ねえ……。てめえとの色恋は除くってか」

「揚げ足を取るな、ゲーマ」

「えっ!? ゲーマ?」


 シャーロットが目を見開く。


「ゲーマってあの、腐敗貴族という噂の……」

「だからさっき言ったじゃないか、シャーロット」

「いえでも……魔道士様は立派な御方。はじまりの村では、ただひとりゴブリンの群れに立ち向かい、深手を負ってまで村のために戦った……」

「夢でも見てたのかい、シャーロット。そんなわけがないだろ」

「いえ実際にわたくしがこの目で――」


 アンドリューは、長剣を抜いた。


「ちょうどいい、ここなら人目もないし……」


 剣の先を、まっすぐ俺に向けた。


「こいつ……。フローレンスに手を出した上に、シャーロットまで騙そうとしてるのか」


 憎々しげに睨んでくる。


「僕が成敗してやる」


 剣を突きつけてきた。


 ヤバっ。さっそく死亡イベントかよ。原作だと死亡イベはゲームの中盤だぞ。主役だからって、勝手にシナリオ書き換えんな、クソ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る