2-6 幽霊の頼み
「頼みってなんだよ」
ノイシュと名乗った幽霊に向かって、俺は問いかけた。
面倒な依頼だったら厄介だ。とはいえここは、どうしてもあの珠が欲しい。
「王国の外れに『裂け谷』と呼ばれる場所がある。知っておるか」
「最近、強力なモンスターが出てる場所だよね」
ルナが答える。
「だから人が立ち寄らなくなったとか」
「なんでルナがそんなこと知ってるんだよ。お前、俺と毎日べったりじゃんか」
思わずツッコんじゃったよ。
「妖精界と繋がってるからね、ボクは。ゲーマが知らないことも、いっぱい知ってるよ。妖精は噂好きだからねー」
それはまあわかる。ルナの性格を知ってるからな。あれが妖精で一般的だってんなら、そうなるだろうよ。
「『裂け谷』の奥深く、眠りドラゴンの巣がある。もう一千年ほども眠り続けているエインシャントドラゴンじゃ。その巣穴に、ヘクタドラクマコインがある」
「ヘクタドラクマ……なんだって?」
ドラクマってのは、この世界の貨幣単位だ。俺も一応金貸しだからな。そのあたりは詳しい。でもヘクタドラクマなんて聞いたことないが……。
「見た目は今も流通しておる、ただのドラクマコイン。だがこいつは、古の魔道士が作製した魔導コイン。七つしかないが、全て集めると特別な力が使えるのじゃ」
「知らんなあ……」
「知らんわけはあるまい」
幽霊は鼻を鳴らした。
「わしの感得するところ、お主はすでにひとつ持っておるではないか」
「はあ? 俺が?」
初耳だ。
「はい」
俺になり代わり、エミリアが答えた。
「はあ? 知らんぞ」
「後で……説明」
深い青緑の瞳に、じっと見つめられた。
「な、ならまあいいか。んでそのコインがなんだよ、ノイシュ王」
「そのコインを手に入れろ」
「……こそ泥しろってのか、ネズミのようにこそこそと」
「まあそういうことじゃな」
悪そうに笑っている。
「いやそらドラゴンは古来、宝物を貯め込むとされている。でも宝物庫に手を出したの知られたら、殺されるだろ」
「千年も眠っておる。大丈夫だ」
「もし起きたらどうするんだよ」
「殺されるであろうなあ……」
あっさり口にする。
「まあそのときは、急いで逃げるがよいであろう」
「はあ? 他人事だと思って適当なこと言いやがって……。あんた馬鹿かよ」
八つ裂きは見えてるじゃん。ブレスで一発だわ。
「ほっほっ……。まあ頑張れ」
「それより王様、そのコインを手に入れて、渡せばいいの?」
俺の胸から、ルナが声を上げた。
「いや、わしはいらん」
首を振った。
「お主が持っておれ」
「どういうことよ。俺に宝の場所を教えて、コインを奪えって……。それがあんたの頼みなのか。あんたになんの得もないじゃん。俺がなぶり殺しに合うのを期待してるのか」
「違うわい、阿呆」
睨まれた。
「アルスター王国は、わしの代で滅んだ。だがそれは偽装の滅び。密かに脱出させた我が娘をノイマン家に託し、実子扱いで育てさせた。それもこれも、アルスター王国を襲った魔王の呪いから逃れるため。他に逃れる
溜息をつくと、幽霊は話を続けた。要するに、話はこうだった。
アルスター王家古来の能力を姫から受け継いだノイマン家は興隆を極め、ノイマン王朝を築いた。アルスター王朝との関係を知るのは、代々わずかな王族のみ。関係を魔王に気づかれないように、ノイマン城は修復すらされず、放置された。
長い時が過ぎ、秘密に綻びが生じた。度重なる不品行で王家から廃嫡放逐された王子が、廃嫡の場で怒りのあまり、その秘密について暴露したのだ。居並ぶ重臣は驚きつつも、秘密厳守を誓った。だがどこかから秘密が漏れ、魔王の知るところとなった。
「そうして魔王の呪いは復活した。現王女が長い間民草の前に姿を現しておらんのは、呪いで苦しんでいるため。そしてその呪いを解くには、七つのコインを全て集める必要がある」
「はあ……」
なんか遠い国の話のようで、現実感がない。なんせ俺には徹底的に無関係な話だからな。
「だからお主にコインを七つ集めてほしい。すでに持っておるコインと合わせ、これで二枚。残りの五枚も、お主なら集められるであろう」
「はあ? やなこった」
口が勝手に動いた。
「俺はな、そんな英雄じゃない。ガワはただの悪役金貸しだし、中身の俺は、正義なんてどうでもいい。『楽で儲かって女付きの人生』を送りたいだけだからな」
「まあそう言うな。お主はやってくれるわい。わしにはわかる。……ほれ」
幽霊が手を振ると、俺の手の中に『遠見の珠』が現れた。
「それを持っていけ。褒美じゃ」
「えっ……」
俺は悪党だって自己紹介している。褒美を先に渡したらとっとと逃げるに決まってんだろ。こいつ本当に王だったのかよ。こんな甘ちゃんに、国なんか運営できるはずはない。
「そう驚くな。お主は持ち逃げなどせん」
ほっほっと、幽霊は笑った。
「こう見えても、人を見る目はあるからのう……。それに……」
じっと見つめられた。
「それにお主、ただの男ではあるまい。魂が輝いておる」
「……」
ヤバ。転生者だってバレたかな。
「そう警戒するな。わしはここで、お主の生き様を見守ることにしよう。頼みもあるが、興味を引かれたでのう……」
「覗きダメ、ゼッタイ」
「わしは痴漢ではないわい」
幽霊の姿が、すっと消えた。
「ゲーマにノイマン王家祖霊の護りあれ!」
幽霊の大声が響き渡ると、体がどえらく熱くなった。なんての、エナジードリンクをダブルでやっつけたときみたいな感じ。よくわからんが、祝福してくれたんだろう。
「おいノイシュ」
返事はない。
「帰りましょうゲーマ様」
エミリアに袖を引かれた。
「さまよえる魂は、もう眠りに戻りました」
「そうか……」
エミリアが言うのなら、そうなんだろう。
「帰るなら道はあっちだよ」
ルナが指差す。
いつの間にか壁の一部が崩れ、狭い上り階段が見えていた。
「隠し階段だよ。多分ノイシュ王が出してくれたんだ」
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