2-5 王族墓所の声
「ってーっ……」
どこか転がり落ちた場所で、俺は頭を上げた。体中がんがん痛む。周囲は真っ暗だが、どこか屋内だ。見上げると、俺が踏み抜いた各階の床に穴が空いていて、はるか上に青空がぽっかり見えている。
「どこだ、ここ」
頭を振ると、大量のホコリが髪の毛から散った。ホコリ臭いし、なんだかカビ臭い。
「大丈夫、ゲーマ」
穴を抜けて、一直線にルナが飛んできた。
「ああ……」
足や手を、俺は動かしてみた。
「とりあえず骨は折れてなさそうだ」
「擦り傷すごいね。あちこちから血が出てるよ」
「どえらく痛い」
「ボクが治療するね」
ルナの指先が輝くと、俺の体を緑色の光が包んだ。すっと痛みが引き、血が止まる。
「お前がいてくれて助かるよ」
「へへーっ。マジ、感謝してよね」
ドジ女神のお詫びも役に立つな。まあそもそも転生先間違えるなって話なんだが。
「ゲーマ様!」
はるか頭上から、エミリアの声がした。
「ゲーマ様っ!」
「平気だ。生きてはいる」
「今すぐお側にっ」
珍しく口数多いな。普段は無言で行動するか、単語ひとつくらいが多いのだが。
「……」
最上階から一フロアずつ。うまく突き出た崩れかけの突端に跳び移りながら、エミリアがここまで降りてきた。駆け寄ってくる。
「お体は」
「大丈夫だよー。もうボクが治療した」
「良かった……」
俺の手を取って、胸に抱いた。泣きそうになっている。
どうなんだろうなあ……これ。
エミリアの態度に、俺は少々困惑していた。こいつはゲーマに奴隷として買われた身だ。あまり優しくはされなかったはずだし、なんなら虐待されてたまで考えられる。なのにこの態度……。もしかしてゲーマとの間に、なにか不思議な因縁でもあるのかもしれない。
まあ今はそれどころじゃないか。とりあえず今日、生き延びる。
「ゲーマ、早く体重落としなよ。重いから踏み抜いたんだよ」
立ち上がった俺の胸に、ルナが潜り込んできた。
「エミリアの野草料理と食事制限で多少痩せたとはいうものさ、まだまだ醜いよ」
「余計なお世話だ」
この野郎、遠慮なしかよ。
「ところで、ここどこだ」
「今、明るくするね」
ルナの手先から花火のようなものが打ち上がると、上空に火の玉が生じた。マジックトーチだ。不揃いの石を積み重ねた壁が浮かび上がった。ところどころ
「どうやら地下室だね」
ルナが見回した。
「多分、王家の墓所じゃないかな。ほら」
指差す先を見ると、細かく彫刻が施された石棺があった。横穴の奥に安置されている。
「それぞれの穴に、お棺があるよ。きっと代々の墓だよ」
「それっぽくはあるな」
「王家の墓は……」
エミリアが割って入ってきた。無口なエミリアにしては珍しい。
「偽装され隠されています。……ここもそう」
天井に開いた穴を見上げている。
「それでかー」
ルナも納得している。
「一階から下りる階段はなかったもんね。多分、どこかに隠し階段があるんだよ」
「なるほど」
墓荒らしを避けるためか。豪華な副葬品とかありそうだもんな。エミリア、山奥のエルフ村育ちなのによく知ってるな、そんなこと。
――訪問者とは珍しい――
どこからともなく、声が響いた。
――天井を踏み抜いて登場するとか、礼儀を知らぬ男のようだが――
笑い声が響いた。
「誰だ、あんた」
声のする方角を見たが、誰も居ない。さりげなく、エミリアが俺の前に立った。守ってくれるつもりだろう。
「人の家に踏み込んでおいて、そちらが
また笑われた。
「ならあんた、ここの
「いかにも。最後の王である」
この王朝が滅んだのははるか過去。つまり幽霊か、こいつ。口調からして、とりあえず相手に敵意はなさそうだ。少なくとも今すぐとり殺されそうな雰囲気ではない。ちょっとだけ安堵した。
「して、お主は何用にて訪れた」
「その……」
どう言うか迷った。「遠見の珠」を探しに……とか素直に明かせば、墓荒らしと認識されて、攻撃されるかもしれない。今は声だけだが、本体が出てきてバトルとか、いきなり呪われて即死するとか、ないとは言えない。てかあるだろ、これゲームだし。選択肢間違えて即死とかの、クソゲー展開だけは勘弁してほしいところだ。
「実はあんたに頼みがある」
盗みに来たと思われなきゃいいんだ。とりあえずその手で行こう。
「俺は『遠見の珠』が必要なんだ。あんたの持ち物だったんだろうけどさ、もう不要だろ。譲ってはもらえないだろうか」
「悪用なんかしないよ」
俺の胸から、ルナが付け加えた。
「ゲーマがもうひとりの自分を観察するのに必要なんだ。もうひとりの自分ってのは転生前の前世で。でも同時代に転生しちゃったから直接会うと対消滅するし、しかも前世の自分には死亡フラグが立ってるからそれも管理しないとならないし。そもそもこれは女神様のドジのせいで、それから――」
そこまで説明せんでいいだろってくらい、細かく言い立てる。てかルナの奴も女神を「ドジ」と認識してて笑ったわ。
「ああ、もうわかったわい。とりあえずお前はゲーマという名なのだな」
長々続くルナの説明を遮ると、続ける。
「それにしても、話の長い妖精だのう……」
壁際、とある墓穴の前がぼうっと明るくなった。明かりはすぐに人の形となり、輝く男が現れた。かなりの高齢。豪華な服装からして、おそらく古代の王族のひとりだろう。
「わしはノイシュ、アルスター王国最後の王。この古城の穏やかな滅びを見守っておる」
「アルスター王国というのは古代に滅びた王朝だよ、ゲーマ」
「滅びてはおらんわい」
幽霊はルナを睨んだ。
「ただ名前を隠しただけ。現ノイマン王国こそ、我が後継」
俺の目に視線を移す。
「そのほうが、遠見の珠を求めておるのじゃな」
「ああそうだ」
「お主に下げ渡してもよい。ほれ……」
滅びた王が手の平を上に向けると、ゴルフボールほどの透明な珠が現れた。
「おお、助かる」
「だがひとつ、こちらの頼みを聞いてほしい」
幽霊は、とんでもない頼みを俺に託してきた。
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