2-8 貴族魔道士シャーロット、仲間になる

「ダメよ」


 俺に剣を突きつけたアンドリューを見て、フローレンスが首を振った。


「殺すことはないわ、アンドリュー。悪辣な取り立てとはいえ、ゲーマの金貸しは、違法ではないもの。当座のお金が借りられて、助かってる人だっているでしょ」

「借金地獄に陥ってね」

「それならそれで裁くとしても、王立裁判所で裁決してもらえばいい」

「いや。裁判ともなれば、こいつはどうせ賄賂で逃げる。それにほら……」


 顎でエミリアを指し示す。


「かわいそうなエルフを奴隷にして、いじめ抜いてるって話だし……。ねえ君、僕が解放してあげるよ」

「いや……」


 首を振るとエミリアが、俺の前に立った。かばうつもりらしい。


「ゲーマ様……守る」

「ほらね、奴隷契約で服従させてるんだ」


 ああ言えばこう言うかよ。どうやら、話は通じないようだ。なにを言っても、自分のいいようにしか解釈しない。


「やめてよアンドリュー」


 シャーロットが叫ぶ。


「この御方が金貸しなんだとしたら、なにか理由があるはず。戦うべきは魔王でしょ、この御方ではなく」

「僕はやるよ。この世界のために」

「どうしてもこの場で戦うというなら、わたくしは離れる。あなたは独善的すぎるわ、アンドリュー。長く旅する前にあなたの本性がわかって、よかったわ」

「えっ……」


 アンドリューの口が、ぱくぱくと動いた。主役パーティーから仲間が逃げるなんて、想定外の極みだろう。


「ゲーマ様、加勢致します」


 駆け込んできたシャーロットが、俺の脇に立った。なんだかわからんが助かった。主役級三人対こっちふたりから、数的には逆転したからな。いざとなれば、最後の手段としてルナを出す手もあるし。


「どうするんだ、アンドリュー。……まだやるってのか」

「……くそっ」


 こいつだって馬鹿じゃない。貴種エルフの戦闘能力の高さは知っているはず。しかも剣弓魔法と全ての武具をエミリアが装備しているのを見ているし。おまけに「奴隷から解放してやる」と言ってすら俺を裏切らないエミリアを、目の当たりにした。戦いともなれば、俺を守るためにエミリアが全力で行くのは自明だ。


 しかもシャーロットは魔道士として超一級。なにせ本来、主役パーティーの一員だからな。フローレンスは回復魔道士であって、今となってはアンドリュー組には攻撃の手数が足りない。誰がどう見ても、ここでの戦いは俺のほうが有利だ。


「どうだゲーマ、降参してシャーロットを返すというなら、今日は勘弁してやるけど」

「はあ?」


 こいつ、なにたわごと言ってやがる。どうしても「自分が勝った」体を作りたいのかよ。


「いやあよ」


 あっさりと、シャーロットが流した。


「わたくしは自分の意志でゲーマ様についた。もうあなたの元には戻らない」

「えっ……」


 これまで、自分の思い通りに行かなかったことはなかったんだろうな。お坊っちゃま勇者、村暮らしとはいえ、育ちは良さそうだし。


「フローレンス、あなたも早くお抜けなさい」


 シャーロットは、フローレンスに語り掛けた。


「でないといずれ、あなたもアンドリューに、いいように使い潰されるわよ」

「シャーロット……」


 フローレンスの瞳に、迷いの色が浮かんだ。なにか思い当たる節でもあるのだろう。なんせアンドリューの幼馴染だからな。


「ええい。言わせておけばゲーマの野郎っ」

「いや、今言ったのはシャーロットだが。……アンドリューお前、耳でも遠いのか。じいさんかよ」

「くそっ」


 ヤケクソになったのか、アンドリューが剣を振りかざした。エミリアが短剣を抜き、シャーロットの指先に魔法の炎が浮かぶ。そのとき――。




――わしの庭で騒いでおるのはどいつだ――




 どこからともなく、声が響いた。例の王のおっさんの。


「だ、誰だ!?」


 アンドリューはきょろきょろ見回している。額に汗が滲み出した。




――ここはわしの居城よ。長年安らかに眠っておるのだ。邪魔するでない――




 はあおっさん。気を利かせて介入してきたんだな。俺の旅を観察するって言ってたし。


「死者の安らぎか……」


 アンドリューは頷いた。


「たしかに魂の安寧を妨げては気の毒だ」


 チン……と音を立てて、剣を鞘に収める。


「今日のところはお預けにしてやる。命が助かって感謝しろよ、ゲーマ」


 侮蔑の視線を、俺に投げる。はあなんとか戦わずにかっこつけられてよかったな、アンドリュー。


「さあ戻るぞ、シャーロット」

「勝手に帰れば。わたくしはゲーマ様と話したい」

「……ちっ」


 シャーロットに塩対応され、アンドリューは舌打ちした。俺を睨むと大股で歩み去ってゆく。


「あの……」


 なにか言いたげに、フローレンスは俺とシャーロットの顔を交互に見ている。


「置いてくぞ、フローレンス。馬鹿の抜けた穴を、どこかで埋めないと」

「う、うん……」


 あわてて駆けてゆく。一度立ち止まり振り返ると、俺を見た。それからまたアンドリューを追う。


「……かわいそうな娘。奴隷エルフの心配なんてしてる場合じゃない。フローレンスのほうこそ、アンドリューに支配されてるもの」


 シャーロットは溜息を漏らした。


「なあシャーロット」

「うん」

「お前、これからどうするんだ」


 原作のシャーロットは貴族令嬢だが、訳あって放浪の旅に出ている。そこでアンドリューと知り合ったのだ。


「また放浪を続けるのか」

「そうね……」


 俺の瞳を、じっと見つめる。


「あなたにはなにか、秘密がありそうね」

「……」


 俺は答えなかった。


「ならわたくしは、しばらくあなたと行動を共にする」

「そうか……」

「いいでしょ」

「構わんよ」


 魔道士が加わってくれれば、心強い。この先戦闘が多数控えているのは自明。シャーロットは主役級の魔道士だし。


 それに俺は、ありとあらゆる連中に嫌われている。パーティーメンバーを加えるとしたら、金で買える傭兵だけだ。金で動く手下より、心で繋がった友のほうがいいに決まっている。なんたってリスクが低いからな。


「ならとりあえず、俺の屋敷に来い。色々相談しよう」

「はい、ゲーマ様……」

「ゲーマでいいよ。もう仲間だろ」

「ええ……そうね」


 頷いた。眩しそうに、俺の目を見る。


「これからよろしくね、ゲーマ」

「はあー仲間が増えたねー。よかったよかった」


 俺の胸から声がして、シャーロットは目を見開いた。


「な、なに!? 今の声。ゲーマの声色? それとも守護神様の声とか……」


 んなわけあるかよ。シャーロット、意外に天然なとこあるな。


「はじめましてー」


 ぴょこっと、ルナが顔を出した。


「ボクは妖精のルナ。ゲーマの守護神だよ」


 嘘つけw




●業務連絡

明日公開の次話より、新章「仲間の証」開始!

主人公アンドリューから、貴族魔道士シャーロットを奪い取ったゲーマ。エミリアとルナを加えた四人パーティーで一周目俺モーブ支援に乗り出す。だが転生前のゲーマは実は、「ヘクタドラクマコイン」と呼ばれる特殊なコインを巡り、王女や王室との謎の密約を交わしていた。ゲーム世界の裏に広がる複雑な設定に興味を引かれた俺ゲーマは、さらなる謎解きに挑むが……。


ちなみに主役アンドリューがちょいちょい出てきますが、そのたびにゲーマに軽くあしらわれて逃走しますw

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る