1-2 一周目俺の「初期村即死フラグ」をへし折る。なお俺……

「いったーっ!」


 思わず腹を押さえた。だが大声は出さない。モブーが俺に気づいたら、ふたりして消滅しちまうからな。脇目で見ると、モブーはもう消えていた。そういや思い出したわ。即死イベ直前に転生したと気づいた一周目の俺は、イベント場所から全力疾走で逃げ出したんだった。


 あのときは無我夢中で逃げたからわからんかったが俺、二周目俺に助けられてたんだな。二周目俺、ありがとー……ってそれ、今の俺か。ややこし。


 とりあえず「よし、いいぞモブー……」とは思ったが、ガチ痛い。一周目ではなんとか序盤の即死イベントを回避したためか、生涯ヤバい戦闘には巻き込まれずに済んだ。なのに二周突入早々、死ぬなんて……。


「ちっ。ガキじゃなくてキモいデブに当たったか」


 ゴブリンアーチャーは、舌打ちしている。


「しかも悲鳴すら上げず、唸るだけだし」

「まあいいじゃねえか。俺様が腕を斬り落としてやる。そしたら絶叫するだろうよ」

「そいつあいい。自警団気取りのアンドリューとかいう生意気なガキが、飛んでくるだろうよ」


 げはげはと笑っている。でこぼこの粗末な剣を抜いたゴブリンが、ゆっくり俺に近づいてきた。俺は致命傷と思っているから急いですらいない。なんかムカつく。


「しっかりして! ご主人様」


 ルナが俺の胸を叩いた。


「ルナ、俺はもうダメだ……」


 唸る。


「死んだらあの女神に祟ってやる」

「大丈夫。たいした怪我じゃないよ」

「馬鹿言うな」

「だって普通に話せてるじゃん」

「えっ……」


 そういやそうだ。痛いは痛いが、気絶するような気はしない。


「ほら、お腹見なよ」

「えと……」


 見ると、腹にがっつり矢が刺さってはいる。でもやじりが半分埋もれている程度。


「魔族の金属加工術は低レベルだからね。鏃がまともに尖ってないからさ。それに……」


 気の毒そうな表情で、俺の目を見つめる。


「それにご主人様のお腹、脂肪が詰まってるじゃん。内臓まで通ってないよ」

「あっ……」


 ああマジか。


「ほら起きて。戦って」

「無茶言うな。俺、モブー時代も戦闘経験あんまりないぞ」


 それに脂肪層だけとはいえ、腹に矢が刺さってるんだし。


「ボクがやる。だからご主人様は魔法使いのフリしてて。妖精の存在、見られたくないでしょ」

「お、おう……」


 他人が魔法を撃ち出すところは、一周目で何度も見ている。立ち上がった俺は、手で適当に印を結んでいるフリをしながら、ぶつぶつ口の中で呟いた。


「楽で儲かって女付きの人生、楽で儲かって女付きの人生、楽で儲かって――」

「うおっ。このデブ、魔道士かよ」


 ゴブリンファイターは立ち止まった。魔法を警戒してのことだろう。間近から浴びたら即死決定だからな。


「えーいっ!」


 ルナが小声で叫ぶ。――と、俺の胸――というか服に隠れたルナ――から、稲光が飛んだ。ゴブリンの集団を、雷が直撃する。


「ぐえーっ!」

「ぎゅむーっ!」

「はむーっ!」


 潰されたカエルのような叫び声と共に、ゴブリンが感電して硬直。ばったり倒れた。黒焦げになった体から、ぶすぶすと嫌な臭いの煙が立っている。煙はやがて虹色になり、死体はゆっくりと消えていった。倒されたモンスターはマナに還るんだと。このあたり、さすがゲーム世界って感じだよな。


「ど、どうだ。まいったか」


 とりあえず、間抜けな勝鬨かちどきを上げた。経緯はどうあれ、勝ったんだ。そのくらいいいよな。


「それよりご主人様、早く矢を抜きなよ」


 服の隙間から、ルナが俺を見上げてきた。


「魔族の矢は不潔だからね。ヘンなバイキンが入っちゃうよ」

「はあ? 抜くとき痛いだろ。嫌だよ」

「じゃあ一生そのまま歩くわけ? まあその場合、一生っていっても敗血症で死ぬ一か月後までだけどさ」

「やなこと言うな。……くそっ」


 仕方ない。俺は矢を掴んだ。


「……やらんとダメか、これ」

「絶対ダメ」

「くそっ……」


 大きく息を吸って、止める。そのまま両手で矢を掴んで――。


「クソメガミノカスヤロウ――っ」


 大声一閃、ぐっと引き抜く。


「ってーっ!!」


 思わず叫ぶ。


「癒やしの海っ!」


 俺の胸(というか胸に張り付いているルナ)から緑の光が飛んで、腹を包む。激痛が瞬時に消えた。見ると傷も塞がっている。


「た、助かった……」

「ねっ。ボクがいてよかったでしょ」


 鼻高々……といった様子で、ルナが見上げてくる。


「ああ助かった」

「さて、ご主人様……、これからどうしようか」

「そうだな……」


 どうもこうも転生したばかりで、まだ右も左もわからない。一周目の俺はもちろん、どっかに逃げて消えた。


「とりあえず街に戻ろう。俺はゲーマ、嫌われていても金だけはあるキャラだ。家があるはずだしな。そこでしばらく暮らしながら、今後のことを考えよう」

「いいね」

「よし」


 歩き出そうとしたとき、背後から声が掛かった。


「あなた」

「はあ?」


 咄嗟に、ルナの頭を服の中に押し込んだ。誰だか知らんが、妖精を連れていることをあっさり知られては危険だ。なんせ妖精はこの世界のチートキャラだからな。


「な、なんか用かよ……ってお前……」


 振り返ると少女だ。ふわふわの令嬢服に整った顔、手入れの行き届いた金髪巻き毛で、誰がどう見ても貴族の令嬢だろう。


「……シャーロット」


 原作ゲームで主人公アンドリューを囲んだハーレムパーティーを組む、ヒロインのひとりだった。なんせ前世……じゃないか前々世ではこのゲームのプレイヤーだったからな。よく知ってるわ。


 そういやこいつ、ゲームイントロの初期村襲撃イベントにたまたま遭遇し、魔物排除に協力するんだったわ。それでアンドリューやもうひとりのヒロイン、フローレンスと知り合うんだよな。今ちょうど、初期村イベントのフラグを俺がへし折ったところだ。シャーロットが近くをふらふらしていても当然だろう。


「な、なんでわたくしの名前を……」


 驚いて、シャーロットは目を見開いている。そりゃ、俺達は初めて会ったからな。当然の反応だわ。


「なぜって……」


 いやこれはゲームで……とか話すわけにもいかないしな。こいつになにを話したらいいんだ……。


 なにしろ今の俺は、一周目俺――つまりモブー――を助けながら、自分の死亡フラグをこれからも折りまくらないとならない。ほっておけば悪の限りを尽くした俺は、ゲーム中盤でアンドリューに成敗される。俺を殺すパーティーに、フローレンスもシャーロットも入っている。


 なんとしても、その未来を防がないとならない。


「なぜって……」


 太り過ぎの俺の額に、汗がつたった。


「あなた、特別な魔道士なのね」

「はあ?」


 俺が答えに窮していると、魔道士ヒロインシャーロットは、突拍子もないことを言い始めた。


「だってそうでしょ。あなた今、ゴブリンを数十体も魔法で瞬殺したじゃない」


 いやそれ、俺じゃないし。


「あんなの人間だと無理よ。大魔道士レベルのチート魔法ですもの。きっとあなた、名のある英雄に違いないわ」


 見るとシャーロットの瞳には、尊敬と憧れの色が浮かんでいる。こいつも魔道士。いくら俺の見た目が最悪でも、それよりは能力を評価するのは当然だろう。


「ねえあなた。わたくしとパーティーを組んで頂けないかしら」

「は?」


 いやお前、お前がゲームでパーティー組むのは、主人公アンドリューと回復魔道士のフローレンスだろ。なに悪役ゲーマなんかに転んでるんだよ。ゲームシナリオがめちゃくちゃになるじゃんか。


「冗談はよせよ」

「わたくしは本気よ」


 俺の腕を取ると、シャーロットは胸に抱いてきた。


 ――うおっ。この胸、柔らけえっ! こ、これが貴族令嬢の触り心地か……。


「お願いします、大魔道士様……」


 フローレンスの瞳は、潤んでいた。

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