1-3 主役やヒロインを無視しまくる俺w あんな奴らどうでもいいわ

「ゴブリンを倒したとき、わたくしも知らない呪文を詠唱されていましたよね」


 熱い瞳で、シャーロットは俺を見つめてきた。


「魔道士であるわたくしも知らない呪文を。ラクーデモーカテオナツキナジンセ――とかいう……」


 はあ「楽で儲かって女付きの人生」な。もちろん俺が詠唱してる「体」にするためにでたらめを呟いただけだ。


 それに魔法自体、妖精ルナがやったんだが……。悪役貴族の俺ゲーマは、そもそも魔法なんか使えない。もちろん剣術なんて大笑いだ。チートと言える能力があるとしたら、金があることと、悪知恵が働くことだ。


 妖精はチートキャラなんで、他人には秘密。ルナは今も俺の服の中に隠れている。ほら俺、太ってて腹が異様に出てるからさ。腹の上に腰掛けてるようだ。


 俺の腕を胸に抱いたまま、シャーロットは熱い息を吐いた。


「それに……お腹に矢が刺さっていたのに、豪快にぶち抜いて、また魔法で自分の傷を治してた。また謎の呪文。クーソメガーミノカス……後は聞き取れなかったけれど。きっと大魔道士魔法に違いないわ」


 俺がチート魔道士だと、徹底的に勘違いしてるなーこいつ。それに呪文は「クソ女神の馬鹿野郎」な。痛くてヤケで、呪文だか愚痴だかを涙目で叫んだだけだが。


「矢が刺さっていてもあの戦いっぷり、それに耐久力の高さ……。奇跡の能力だわ」


 透き通ったきれいな瞳で、俺を見つめてきた。いや俺、美少女の胸を感じながら見つめられるとか、前世も前々世もなかったことだし、どえらく恥ずかしいんだけど。


 悪役転生した直後にモテ始めるとか、俺のモテ期、バグしまくりだろ。


 だって今の俺は、不摂生で醜く太った、金貸しの小悪党だぜ。ガチ貴族のお嬢様とは、住む世界が違いすぎるわ。そりゃたしかに俺だって「貴族設定」だけど、哀れな没落婆さんから金で身分を巻き上げた偽貴族だからな、実は。


「それに会ったことのないわたくしの名前をマナの海から汲み出した。……きっと名のある大魔道士様に違いないわ」


 いやそれ、どえらく勘違い。名前はゲームで知ってたし、矢だって太り過ぎてて内臓まで通らなかっただけだし。


「ねえアンドリュー、本当にこんな村外れに、魔族が出たの?」


 藪の向こうから、少女の声が聞こえた。


「ああ、フローレンス。モブーが村広場に逃げてきたらしいよ。魔族襲来だ。全員森に逃げ込めって叫びながら」

「モブーが……」


 ――やばっ!


 ゲームの初期村クエストが始まってるじゃん。主人公である勇者アンドリューと魔道士フローレンスだろ、これ。ふたりは、この村育ちで、モブーの幼馴染だ。


 本来のイベントでは、将来勇者になるアンドリューを殺そうと魔王が送り込んできた魔族が村を荒らしてモブーを殺し、アンドリューとフローレンスがゴブリンの群れに戦いを挑む。たまたま通りかかったシャーロットが助太刀に入って、ゴブリンを殲滅、三人はパーティーを組んで、モブーの敵討ちと魔王討伐を誓うんだ。


 ――このままじゃ野郎と因縁ができちまう。馬鹿とやり合うのは面倒だ。なんせ俺、まだ二周目始めたばかりだ。右も左もわからん。とりあえずここは無視の一択だな。


 シャーロットの腕を振り払うと、俺は駆け出した。


「あっ!」


 突然無視を決め込んだ俺の後ろ姿に、シャーロットが叫ぶ。


「魔道士様っ、まだお話が……」


 知らんわ。こっちはそれどころじゃない。


 原作ゲームでは、開始時点でゲーマはすでにこの村に悪の触手を伸ばしている。冷害不作で困った村の住人に高利で金を貸した揚げ句、厳しく取り立て。フローレンスの美貌に目を着けて、村の借金棒引きを餌に口説き続けてるからな。


 そんな俺がここにいるのバレたら、絶対「ゲーマが魔王の手下を手引した」とか誤解されるだろ。これから俺は自分の死亡フラグを折らないとならないのに、自ら死亡フラグ増やしてどうする。


「せめて……お名前だけでも……」


 答えるかよ。シャーロットは、すぐアンドリューやフローレンスと知り合うことになる。俺の名前を出せば、ゲーマが魔族を使って自作自演したとかなんとか、アンドリューに疑われるに違いないからな。


「あの……大魔道士様……」


 シャーロットの声は、次第に遠くなっていった。


         ●


「ふう……ふう……」


 太った体で全力疾走したから、気分が悪くて死にそうだ。貧血で今にも倒れそう。


「大丈夫……ゲーマ……」


 襟の間から、ルナが顔を出した。


「汗、凄いよ。ボクもう、体中ぬるぬるだし。ほら……」


 手を振ってみせている。たしかに、ルナは風呂上がりといった濡れ方だ。


「悪いな、ルナ……」


 はあはあと、嫌な汗が流れ続ける。


「無視しなくてもよかったんじゃないの。なんだかあの娘、ゲーマのこと気になってたみたいだし」


 俺を見上げてくる。


「この世界で生き残りたいんだから、味方増やしたほうがいいよ」

「そりゃそうだが、あいつだけはヤバい。主役パーティーに入る奴だからな」


 顔や首から汗が垂れ、気が遠くなってきた。貧血で倒れる直前といった気分だ。


「なんだか俺、き……気持ち悪い」

「急に走ったからね。ほら、あそこにゲーマの馬車があるよ。もう屋敷に戻ろうよ」


 見ると村広場に、真っ黒の威圧的な馬車が停められている。黒い馬の三頭曳き。馬の手綱を、痩せた老女が持っていた。


「あっ、ゲーマ様」


 老女は俺を見つけて手を振ってきた。もちろんルナは、服の中に隠れている。


「お言いつけどおり、馬車には誰も近づけませんでした」


 俺を見る瞳に、恐怖が宿っていた。


「あ、ああ。助かった」

「えっ……」


 口を開けて驚いている。


「お、お礼を言われるとは……」


 どうやら俺は、礼すら口にしないカスらしいな。まあそうだろうが……。


「あ、あの……これでお約束どおり、今月の利子は棒引きにしていただけますでしょうか」

「ああ……」


 苦しくて、俺は馬の脇に座り込んでしまった。


「すごい汗……。ゲーマ様、これを……」


 腰の革袋を外すと栓を抜き、俺の口に当ててくれる。


「水です」

「……うん」


 ごくごく飲んだ。息が整うまで。


「まあ……馬並みに飲まれますね」


 呆れている。


「俺の前世はきっと馬だな」

「ゲーマ様が……冗談を……」


 また驚いてやがる。なんとか息が整ったので、俺は立ち上がった。老婆を見る。痩せていて、着ている服はボロ。破れたり裂けたりした部分を丁寧に繕ってはいるが、もはや布をどうにか身に着けている……くらいの「服もどき」でしかない。


「ありがとう。俺、あんたに金を貸してるんだよな」

「え、ええ」

「なら利子だけじゃない。借金はチャラだ」

「えっ……元本棒引きですか」

「ああそうだ」

「なら魔導借用書は破ってもいいでしょうか。その……呪われたりしませんか」

「俺が認めたんだから大丈夫だ」


 そうか……。相手が夜逃げすらできないように、魔法で呪いを掛けた借用書なんか使ってたんか。俺、どんだけあくどいんだよ。もう笑うしかないわ。


「あ、ありがとうございます」

「いいよ。番をしてくれただけでなく、水までもらったし」


 ほっときゃいい極悪金貸しの体調を心配してくれたんだ。いい人に決まってるからな。


「ありがとうございます」


 老婆はもう泣きそうだ。


「その……よろしかったら今晩、お礼の食事など提供いたしますが」

「いいよ。家族で食べな。俺はほら、痩せたほうがいいからさ」


 腹を叩いてみせた。


「飯は抜かないと」


 ぺこぺこ頭を下げる老婆に挨拶してから、馬車に乗り込んだ。いずれアンドリューたちがこの広場にも来る。悪役金貸しゲーマがいつまでもいたら、ヘイトを集めてカルマが溜まるだけだからな。とっとと逃げるわ。


「さて……」


 豪勢な馬車の席に収まってから考えた。


「これから、どうすればいいんだ。この馬車、御者がいないじゃん」

「これは魔導馬車だよ、ご主人様」


 隠れる必要がなくなって、ルナが這い出てきた。


「無人で操縦できるんだ。行き先を言うだけでいいよ」

「へえ……便利なもんだな。まるで前々世のタクシーだわ」

「ゲーマはお金だけはあるキャラだからね。だからこんな貴重な馬車を持ってるんだ。まあ……嫌われてて御者のなり手がなかったのが大きいけど」

「マジかよ俺、最低だな」


 思わず苦笑いだ。どんだけ嫌われてるんだよ、俺。


「女神様が事前にレクチャーしてくれたんだよ、ボクに。ゲーマの数々の悪行について」

「なるほど。……あの女神、ヘンなところでフォローがいいな。……てか悪行とか言われるのもムカつくが」


 それより転生先間違えたとか、基本のところで性根を直してもらいたいがな。


「この馬車の見た目が威圧的なのはもちろん、お金を借りる人を恐れさせ、反抗心を抱かせないようにするためだよ」

「はあ……」


 あれか。チンピラが黒ベンツとかマイバッハでふんぞり返るようなもんか。俺、どチンピラじゃん泣けてくるわ。


「とにかく帰ろう。転生初日から疲れ切った。もう飯食って風呂入って寝るわ」


 俺が命じると、馬車は進み始めた。王都のすぐ外にある、俺の邸宅に向かって。

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