二周目の悪役貴族俺、シナリオ無視で好き勝手に生きると決意! 一周目の即死モブ俺&自分の死亡フラグを折って回る。……ってなんでだよ、悪役の俺に、全ヒロインとのフラグが立ちまくってるんだが

猫目少将

1 二周目の俺、一周目俺の即死フラグをへし折る

1-1 まさかの二周目人生始まるw

「許さんぞ、貴様……」


 風吹き渡る無人の荒野。俺の目の前に若い男が立っていた。てかこいつ、このゲーム主人公のアンドリューじゃん。


「えっ!? なんだよこれ?」


 思わず声が出た。


「ゲーマ、貴様の悪行もここまでだ」


 憎々しげに俺を睨む。


「ゲーマ? 俺、ゲーマなの? なんでよ。現実世界に逆転生したはずじゃあ……」


 俺はもう大混乱だ。話が違う。それも思いっ切り……。


「なにをわけのわからないことを言っているの、ゲーマ」

「そうよそうよ。あなたはわたくしたちがここで倒す。王国のためにも」


 アンドリューの背後に立つ美少女ふたりが、魔道士の杖を握り締めた。フローレンスとシャーロット。アンドリューとパーティーを組んで魔王討伐に成功する、ゲームのヒロインだ。


「いやいやいやいや。俺ゲーマじゃないし。モブーだし。てかその人生も終わって、もう現実世界に帰るところだし」

「なにを言っているか、さっぱりわからないね」

「言い逃れするなんて、下衆ね」

「そうだよ。モブーは僕達の幼なじみ。とうの昔に魔族に殺された大事な仲間なのに、その名を騙るなんて」

「モブーがそんなデブなはずないでしょ」

「ちょ待てよ。おい女神」


 俺は天を仰いだ。


「どうなってんだよ、これ。俺、一周目をやっと終えて、現実に戻してもらえるはずじゃあ――」

「問答無用っ!」


 アンドリューが駆け込んできた。俺の胸に、剣を突き立てる。


「うぎゃあああーっ!」


 まことに悪役らしい情けない叫び声と共に、俺は絶命した。


         ●


「……って」


 ふと気づくと、俺は雲の中に浮いている。


「なんだ今の……。悪夢か?」


 体を探る。とりあえず傷はない。夢にしてはガチ激痛だったけどな。


「ごめんねー」


 目の前、雲の上に女神が浮いていた。一周目のとき、俺をこのゲーム世界に転生させた女神。優しそうな雰囲気だが瞳が垂れており、なんとなく頼りない印象だ。


 そもそも俺は底辺社畜。ブラック企業での激務の末に過労死し、女神に拾われてゲーム世界に転生したんだ。


「ちょっと間違っちゃった」


 てへぺろっと、女神が舌を出す。


「あれがちょっと……だと?」


 どえらくムカついた。


「一周目を無事にクリアしたご褒美に、現実世界に戻してくれる話じゃなかったのかよ」

「そのつもりだったんだけどさあ、おやつつまみながら作業してたら、間違って行き先また、このゲーム世界にしちゃったんだあー」

「ながら作業だと、ふざけんな。俺の一生が懸かってるんだぞ。そもそも社畜としてそんなミスは――」

「社畜はあんたの前世……というか前々世でしょ。あたし、社畜じゃないし。女神だし」


 ぷくーっと頬を膨らませる。いや社畜でもこんなでかいミスしたら懲戒ものだぞ。女神は人の命を預かってるんだから、もっと大問題じゃん。


「だいたい転生一周目からしてお前、ミスしたじゃないか。主人公に転生させてくれるって話だったのに、転生してみれば初期イベントで即死する、噛ませ犬のモブNPCだったし」


 悲惨だった一周目を思い出して、腹が立ってきた。主人公アンドリューと回復魔道士フローレンスの幼なじみモブー。それが俺の転生先だった。


 だがゲーム開発者のやる気のなさが伺えるネーミングからもわかるように、ただのモブ。初期村への魔族襲来イベントであっさり殺されて、主人公達が魔王討伐を誓うというね。ただその動機づけのためだけに存在する、死亡フラグ持ちNPCだった。


「まあいいじゃん。あんたちゃんと死なずに生き残って人生最後まで全うしたんだし。結果オーライだよ」


 にこにこしている。


 この野郎……、自分が悪いとは全然思ってないのな。


「生き残るのに、前世の原作ゲーム知識を総動員したからな。お前に助けてもらった記憶ないぞ」


 鼠のようにこそこそ動き回り、死亡イベントを回避した。その後も危険な場所を避け、王都の片隅や海岸の村、山村など、フラグに追われるように生きてきた。子供こそ生まれなかったものの優しい嫁を得て、地方で地味に生涯を全うし、嫁に看取られながら大往生した。その褒美として、特殊スキル持ちの少年として現実世界に戻してもらえるはずだったのに……。


「全部俺の力だ」

「はいはい、わかったって」

「約束だ。スキル持ちの現実人生に戻せ。底辺社畜で悲惨な人生を送り、挙げ句に即死モブとして二度目の人生も苦労した。楽して儲かって女つきの人生を、今度こそ送るんだからな、俺は」

「それなんだけどさー」


 またてへぺろと舌を出す。嫌な予感マックス。


「一度間違えて同じゲーム世界に転生ギア入れちゃったからさあ、もう一周しないと戻れないんだわ」

「はあ? あんなに苦労して一周したのに、おかわりでもう一周かよ」

「ごめんねー」


 とは言うものの、女神服の懐からなにかを取り出すと口に放り込んでいる。反省している姿とは、とても思えない。


「うん、おいしいわー女神クッキー」

「この野郎……」


 思わず叫んじゃったよ。


「どうせこれ食っててギア入れ間違えたんだろ。この胃袋カス女神っ!」

「まあいいじゃん。二周目はさっき見たでしょ、ゲーマ転生だよ」

「今、殺されたじゃんか」

「転生時空はゲーム開始時点にしてあげるからさあ。さっきのは手が滑っちゃってね」

「ゲーマじゃなく、最初の約束通りに主人公にしろよ」

「一度起動したから、もう無理。お詫びに妖精オプション付けてあげるからさあ」


――ぽんっ――


 という音がして、目の前に小さな女が現れた。アラビアンナイトのような透け服で、エキゾチックな容姿の。


 でもなんだこいつ、体の大きさは三十センチくらい。羽もないのに、ふわふわ浮いてやがる。


「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン」

「この子はルナだよ。仲良くしてあげてね」

「妖精か……。俺も初めて見たわ」


 このゲーム世界では、隠れキャラというか、レアキャラ扱い。特別なイベントをこなして、なおかつ厳しい抽選に打ち勝つと、仲間にできる。チートキャラも同然なので、仲間にしても常時使えるわけでなく、なおかつ活動ターンに制限がある。言ってみれば召喚獣のような扱いだった。


「今回は女神ギフトだから、ターン制限とかないよ。かわいがってあげてね」

「これがご主人様かあ……」


 ルナとかいう妖精は、俺をじろじろ見ていたが。


「うん。ボク気に入った。よろしくねっ、ゲーマ」


 ぴょーんと飛んでくると、服の胸に潜り込んできた。なんだかあったかい。それに生意気に柔らかいな。小さいとはいえ、ちゃんとした女子だわ、こいつ。


「ここがいいや、ボク。ご主人様の匂いするし、あったかいし」

「妖精オプションがあったとしても俺、二周目もハードモードじゃん。ゲーマって最悪に嫌われてる金貸し貴族だろ」


 一周目の俺はただのモブ人生だったんで、悪役とはいえそんな有名キャラとは絡まなかった。だから嫌な目にこそ遭ってはいないが、ゲーマの悪い噂だけは死ぬほど聞いている。それだけ誰からも嫌われているからな、こいつ。


 それに前々世の底辺社畜時代に、このゲームを遊んでいる。だからプレイヤーとしてはゲーマと会っている。というか主人公アンドリューを操作して、普通にゲーマを倒した。


「さっきのはちょっとした間違いね。もっと前の時空に憑依転生させてあげるから、安心して」

「お前のようなポンコツ女神が作業するのに、安心できるか」

「平気平気、今度は間違えないから」もぐもぐ

「ほらまたクッキー食ってるし。食べながら転生スイッチ入れるなよ」

「わかってるーって。それでさあ……」


 上目遣いになると、俺の目を見つめてくる。


「もうひとつだけ問題があってさあ……」

「な、なんだよ……」


 嫌な予感マックス。


「同じゲーム世界の二周目だから、一周目のあんたも生きてるからね」

「は?」


 何を言ってるのかわからない。


「だからさあ……」


 スイーツを食べながら説明してくれた。てか説明下手だから途中なに言ってるかわからなかったが、なんとか聞き出した。まとめると要するに、こういうことだった。


 一周目の転生俺と二周目のこの俺が、ゲーム世界に同時に存在している。二周目の俺は、嫌われ貴族のゲーマ。さっき経験したように、主人公アンドリューに退治される死亡フラグ持ちという、最悪の悪役だ。


 しかも一周目の俺は即死モブのモブー。序盤に死亡イベントがあり、死亡確定。一周目の俺が死ぬと、二周目の俺も死ぬ。だから二周目の俺は、一周目の俺を助けないとならない。もちろん自分の死亡フラグを折りながら。


 しかも一周目の俺に俺のことがバレると、存在が干渉し合って対消滅ついしょうめつ――つまり、ふたりとも消えてしまうらしい。「中身が同一人物」とバレるかと無関係に、「ゲーマというキャラ」で出会うだけで駄目なんだと。


「要するになにか、一周目の俺を陰から助けながら、自分の死亡フラグも折らないとならないんか」

「そうそう。よくわかりましたー、偉いねっ」パチパチ

「いや拍手されてもな。……これ全部、よく考えたらお前のミスから始まったことだし」

「それはもうお詫びしたでしょ」もぐもぐ

「だからスイーツ食べるな」

「んじゃあ転生時空再設定するから。当たり前だけど死んだら次はないから、がんばってねーっ」

「ちょっ待てよ。そもそも――」


 言いかけた途端、くらっと頭が揺れるような感覚があった。目の前が真っ黒になり、気がつくと――。


「ここは……」


 見回すと、見慣れた王都片隅の貧民地域だった。くそっ女神の野郎。まだまだ文句つけたかったのに、とっとと逃げて始めやがったか……。


「狭い狭いーっ!」


 俺の服がもぞもぞ動いている。


「ぷはーっ」


 襟の間から、ルナがぴょこんと顔を出した。


「ご主人様、いきなり太り過ぎだよ。さっきまでは、しゅっとしたいい男だったのに」

「そりゃ俺は、キモデブ悪役ゲーマだからな、今この瞬間からは」


 実際、でっぷり太っていて体が重い。民家のガラス窓には、吹き出物だらけの汚らしい顔と、シャツのボタンを飛ばしそうなほど突き出た腹が映っている。それが俺、ガマガエルと陰口を叩かれる金貸し貴族、ゲーマだ。


 設定年齢では二十歳らしいが、見た目は中年のぽっちゃりさん。好いてくれる奴なんて、金輪際現れないだろ。性格だって腐ってるしな。


「マジかよ。こんな悲惨な悪役人生を、これから俺は送るのか……。おまけにいずれ主人公に殺される死亡イベントが待ってるってのに」


 呟くと、窓に映ったキモデブの口がもぐもぐ動く。正直、うんざりしたよ。即死モブも大概だったが、これも勘弁だ。


 主人公は無理でも、せめてこう……姫様を守護してこっそり慕われるイケメン近衛兵とか、美少女弟子にかしづかれる伝説の魔道士とか、そのへんくらいにしてほしいもんだわ。


「ほらご主人様。あれ、一周目のご主人様でしょ」


 ルナが俺の胸を叩いた。指差す方を見ると、街角に立っているモブー――つまり一周目の俺――が、きょろきょろ周囲を見回している。十七歳のモブキャラな。


「ガチかよ。本当に俺、あのヘンな女神が言ってたみたいにゲーム世界に再転生してるじゃん」


 モブーは呆然と呟いている。


「ところでどこだ、ここ。俺、深夜残業してたはずなのに……。ここ山ん中だし、真っ昼間じゃん。それに……なんか、ゲームで見たことある景色だけど……。やっぱあの女神っての、残業寝落ちの夢じゃなかったんか」


 うんうん唸ってやがる。覗いてるだけだけど、泣けてきた。一周目の俺、ガチ気の毒だわ。


「二周目の俺の転生時空を結局、一周目の俺が転生してきた瞬間にしたのか、あの女神」

「そういうことだね、ご主人様」


 まあさっきみたいに、アンドリューに殺される「自分の死亡イベ」直前に転生させられるよりはマシだけどな。


 いや待てよ。死亡イベント……。


「やばっ!」


 俺は叫んだ。


「どうしたの、ご主人様」

「モブーがすぐ死ぬぞ、ルナ」

「ええっ! マジ!?」


 一周目の俺が転生したのは、モブー死亡イベントの直前。つまりこれからモブー死亡フラグが稼働することになる。二周目の俺はそれを、ここでこうして傍観者として眺めているって構図さ。


「見てご主人様、ゴブリンがいる」


 黒光りするゴブリンが数十体も、転送ホールから湧いてきたところだ。


「けけっ、そのアンドリューとかいう勇者の卵は、どこにいるんだ」

「この街にいるはずだ。殺して魔王様に報告するぞ」

「まずあの小僧を殺そう」


 モブーを指差す。


「大騒ぎになるから、アンドリューが飛んでくるぞ。情報では、この街で魔物退治の修行をしているはずだからな」

「よし」


 二体のゴブリンが剣を抜いた。


「俺がやる」


 ゴブリンアーチャーがファイターを押しのけた。そいつが弓に矢をつがえ、モブーを狙う。


「くそっ!」


 俺は駆け出した。もうモブー死亡イベント、始まってるじゃん。


 大声を出してモブーを逃がすことはできない。俺の存在を知られたら、ふたりとも消えてしまう。


「けけっ」


 アーチャーが矢を放った瞬間、俺は両手を広げて立ち塞がった。




――どすっ――




 粗末な黒矢が、俺の腹に突き刺さる。


 ――えっ……。結局俺、二回目の二周目まで瞬殺かよ。一周目の即死モブ俺より先に死ぬとか、マジ意味わかんね……。


 膝から崩折れると腹を押さえて、俺は唸った。


「二周目転生直後に死ぬアホなんて、おる?」


 情けなくて泣けてきたよ。




         ●


 ……こうして、俺のゲーム世界二周目人生が始まったんだ。


 フラグ折りだけに集中していた悪役貴族の俺が、なぜか人に好かれ始め、ゲームのヒロイン達にも慕われてて。本来の主役はヒロインをNTRした俺に嫉妬した末、闇堕ちしていくザマァ展開。その揚げ句、俺は世界を巡るとんでもない運命に導かれる謎人生。つまり……。


 つまり俺はまだわかっていなかったんだけどさ、ゲームシナリオからの逸脱は、もうこの瞬間から始まっていたんだ――。




●業務連絡

第一話、いかがだったでしょうか。

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