第13話 「アントラージュ効果」の威力
「アントラージュ効果」と聞いて、ああ、entourageね、とすぐにピンとくる人は少ないはず。栄養学か薬学か、もしくはスポーツ科学などを専門的に学ばないと、なかなかこの言葉と出会えないはずだから。もしくはアメリカのTVドラマオタクか。
フランス語で「取り巻き」を意味するentourageは、英語では「側近」とも訳される。
「側近効果」って何やの?
ちがう。
例えば医薬品であれば、こうだ。
ジェネリック医薬品はどうも効き目が悪い、というような話をよく聞く。成分は同じはずなのに、どうしてこんなにも効果が異なるのか。
実は、主成分は同じでも、他の成分がちょっと違うのだ。
その「他の様々な成分との組み合わせの効果」によって、同じ主成分を持った医薬品であるにも関わらず、効き目も違ってくるのだ。
これは栄養についても同じことで。
私はかつて、死にかけた。
40代に入り、暴飲暴食が原因でⅡ型糖尿病に。120キロの体重。血管その他が悲鳴を上げ、主治医から「余命5年」と宣告された。高脂血症、高血圧症、脂肪肝。体調を崩し、仕事だけでなく日常生活にも支障が出ていた。心身ともにボロボロだった。
―――どうせ死ぬのなら、人生の想い出に、いちど死ぬ気でダイエットしてみよう。
様々なダイエットサプリを試した。食事をがまんして、マルチビタミンやらマルチミネラルやら、サプリばかり飲んでいた。ダメだった。すぐリバウンドしてしまう。ビタミンもミネラルも、サプリメントで大量に摂取しているのに、体調もすぐれない。どうも正しく吸収されていないらしい。軽い飢餓状態に陥った。
そして栄養士さんの指導を受け、先述した「アントラージュ効果」を意識した食生活を始めた。
ひたすら栄養学的に正しい食生活を送るだけ。ただそれだけ。
サプリメントをどれだけたくさん摂取しても、吸収されなければ、意味がない。バランスの良い食生活というのは、もっとも効率よく必要な栄養を身体に送り届けるための、コスパ最強の「アントラージュ効果」活用法だったのだ。
半年ほどで体重が半分に落ちた。しかし飢餓状態に陥ることなく、みるみる元気を取り戻した。
糖尿病の薬は飲まなくてよくなった。ついでに脂肪肝も高血圧も、すべての投薬の必要が無くなった。数値がウソみたいに正常になったからだ。体重が半分になった、と述べたが、血圧も半分になった。上が200代だったのが、今では105。
毎月2万数千円かかっていた薬代は、ゼロ円になった。同じく数万円かけていたサプリ代も、ゼロ円になった。
現在、筋力保持のため筋トレをしながら75キロまで増量。このあたりが自分のベスト体重。これをキープしていく、というのが主治医との約束。いくら健康診断の数値がよくても、筋力が不足していると、活力が沸かない。筋力が高まると、仕事のパフォーマンスも段違い。
身をもって感じた。筋トレ、めちゃくちゃ大事。メンタル面でも効果を実感できる。しなやかに、つよくなる。
ストレッチも有酸素運動も、もちろん大事なので、こちらも「アントラージュ効果」を意識した。筋トレ一辺倒ではなく、バランスのよい運動の組み合わせが大事だといえる。その組み合わせの効果で、劇的な成果が得られる。
筋トレ×有酸素運動×ストレッチの組み合わせかたは、自分にとって何がベストなのか、自分のその日のコンディションによっても違う。自分の身体と対話しながら、向き合っていく。
職場の若い子たちにも「体型めちゃくちゃカッコよくて憧れる」・「筋肉サイボーグ」・「バケモノ」と呼ばれているが、50歳になってから、フィジカルで褒められるのは素直に嬉しい。かつては「ベイマックス」と呼ばれていたのに「イケおじ」と陰で呼ばれているらしく、ちょっと嬉しい。
特別な筋トレはしていない。腕立て伏せ・スクワット・45年続けてきた空手の稽古、それだけ。ストイック要素は一切なし。今日だって腕立て伏せは20回だった。
さて、この「アントラージュ効果」というのは、創作にも必ず当てはまる。
たとえば「必要のない描写」と思われていたものが、全体から見てみると、とてつもない効果を生み出していたり。
「何気ないセリフ」が、それだけを切り取れば特に意味は無さそうでも、全体の中で見ると欠かせない重要な要素になっていたり。
一見すると無駄なように思えても、必要無さそうに感じても、実はそれぞれの絶妙な組み合わせが相互作用を生み出し、絶大な効果を発揮することもあるわけだ。
人生においてもそうだ。そこだけを切り取ると「無駄」・「無意味」と思える経験も「アントラージュ効果」によって、実は「あなた」という人格をつくりあげている、と言えなくもない。
こういうのを、日本語で何というのだろう。
端的に「言い得て妙」なのは、「組み合わせの妙」かな。
さて、カレー界の「アントラージュ効果」についても語る。
シナモン。砂糖と混ぜてバタートーストにかけるとおいしいやつ。
やつこそカレー界の「アントラージュ効果」のための最高戦力だと言いたい。
そのものを齧ったことがあるが、それ自体は、決して美味しいわけではない。風味は癖が強く独特で、カレーの味を決定づける要素は何も無さそうに感じる。
しかし、シナモンってやつは、ほんの少量入れるだけで、他の全スパイスの良さを引き出してくれる、と聞いて・・・試したら・・・もうシナモン無しでスパイスカレーは作れなくなった。様々なスパイスの風味が一段階アップし、全体の風味をバランスよくまとめる効果まである。
だからって、シナモンだけではカレーはできない。
でも、シナモン抜きのカレーは、もう満足できない。
シナモンさんが、他のスパイスたちの関係性を、びしっとまとめ上げ、更に一段階、レベルを上げてくれるという、まさに「強制的アントラージュ効果発生装置」なのだ。
「アントラージュ効果」は、薬学や栄養学だけの話ではなく、創作にも、人生にも、カレーにも、見受けられるということを述べた。
そこだけ切り取れば、無駄・無意味に思えることでも、あるいは何てことのない平凡なことでも、全体の中で、その組み合わせの効果により、実はとてもとても大切な役割を果たしている、というお話。
ちなみに、フランス語のentourageには「環境」という意味もあるそうだ。「アントラージュ効果」の意味が、より深く理解できそうな訳語である。
一見すると、全然仕事ができなくて、チームに貢献しているようには見えない社員がいたとする。その社員が病欠した途端にチームがうまく回らなくなる、なんてことも実際あるのだろう。
実はいまの私の職場がそうだ。仕事ができなくて、どうにもならない人でも、いないと、何だかうまく回らない。
仕事が全然できないあの人も、ここにいてくれるからこその、うちらのチームなんだと「アントラージュ効果」を意識させてくれる。
しかし、それにしても、ネーミング大事。
「アントラージュ効果」
と呼ばせるだけで、何だかすごそうに思える。実際すごいけれども。
ある意味すごい語彙。
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