第6話 おしなべて 雄略帝~源氏~宣長~令和へ
語彙の寿命は、だいたい800年くらいで、それ以降は消滅するか、段々と意味を変えて生き残るか、というような話を国語学の泰斗・大野晋博士(故人)はされていた。
そんな中とんでもなく長生きな単語がある。それが今回のテーマ「おしなべて」。
日本最古の歌集で4516首を納める『萬葉集』は、雄略天皇(学術的に実在を証明された最古の天皇)の長歌で幕を開ける。そこにこんな一節がある。
―――
万葉仮名ではこう書かれている。これを
―――そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ
現代語に訳すとこうなる。
―――(そらみつ)大和の国は、ことごとく、わたしが治めているのだ
「そらみつ」は、大和にかかる枕詞で、語義は諸説あって未だ解明されていない(はず)。「空いっぱいに満ちる」と学生時代に習った。しかしそれが正しいなら、大和の国は「空中都市」ということになってしまわないか。
ともかく「おしなべて」。もし本当に雄略天皇ご本人の作であるとするならば、約1600年前には、日本語としてすでに用いられ、現代でもほとんど意味を変えることなく用いられている「超・ご長寿語彙」のひとつ。
これを「押し並べて」と書いたり、「押し
なぜなら「
雄略天皇、『日本書紀』では「大悪天皇(はなはだあしきすめらみこと)」なんて異名も残されているほど、イケイケドンドン、俺様主義、なんとも恐れられたリーダーだったようで。
おしなべて(どこもかしこも)、ワシの支配下じゃぁ!
と歌にする・・・いやこれ、実は別人が代理で作った説が有力。
さて、江戸時代。
本居宣長は『古事記伝』で、こう記す。
――― 古昔 より 世間 おしなべて、 只 此 書紀 を のみ、 人 とうとび 用い て、(『古事記伝』 巻一「書紀の論ひ」 )
いにしえの昔から世の中の人たちは誰しも、ただこの『日本書紀』ばかりを尊び用いて
もっと『古事記』を大事にしてよ。むしろ『古事記』が一番大事なんだよ、なのに「みんな」は『日本書紀』ばかり贔屓してさぁ。
という宣長さんの愚痴。
そして「おしなべて」さんは令和の今でも現役バリバリでご活躍されている。
―――外資系企業がおしなべて同じとは言わないが、特にテック企業は景気が良いときには事業ニーズに応えるべく人員を急拡大する一方で、景気後退局面では大きな人員削減を行うのは過去から現在に至るまで普通に行われてきたことだ。(元グーグル社員でも再就職できるとは限らない…突然のリストラにも即対応できる会社員に共通する4大特徴 あなたは「起業家」のように働いているか #プレジデントオンライン https://president.jp/articles/-/67403 2023/3/16 の記事。傍点は筆者。)
「外資系企業」が「どこもかしこも同じとは言わない」という使われ方をしている。
「大和の国はどこもかしこもワシの支配下じゃぁ」と歌われた萬葉集巻頭歌から、悠久の時を経てもなお「おしなべて」さんは、多くの日本人から有用なヤツとして引っ張りだこの人気者。
いつから擬人化しちゃったのか。
じゃ、大野晋博士の説は嘘なのか。いやちがうのだ。
『源氏物語』という、日本の、いや世界の文学史上に燦然と輝く至宝がある。
そこでは「おしなべて」をこのように用いている。
―――初めよりおしなべての上宮仕へしたまふべき際にはあらざりき(もともとは、帝の側仕えのような雑事をしなければならない身分ではなかった)
ここでは「雑事」と訳したが、「普通程度」や「世間なみ」といった意味でも用いられる。すこし軽んじたニュアンスを含む。
これは意味の変化というより、派生といった方がよいかも知れない。「おしなべて」さんの、もともとの意味は「どこもかしこも」。そこから「見渡せばどこにでもあるような」という意味を持つことになり、ありきたりな、という意味でもちいられた、と想像することは違和感なくできる。
ただ注意したいのは、この意味で使う場合「おしなべての」という風に、「の」が加わること。
ということは、やっぱり、日本の歴史史上、学術的に最古の天皇と証明されている、文献として日本最古の死刑執行者でもある、雄略天皇の時代から、令和の現代に至るまで、おしなべて我々日本人は「おしなべて」を同じ意味として使い続けてきた。
「押し並べて」と書いて「おしなべて」と読む、というのは、日本語を外国語として学ぶ方々からも不評だろう。なんでやねん、と。
もし『萬葉集』巻頭歌が、本当に雄略天皇の御製であるならば、少なくとも1600年は生きていることになる「おしなべて」さん。どうかこれからも長生きして下さいね。
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