第12話 アストレイア

アストレイアは、目を閉じていた。暗記しているらしいその詩を言い切ると、ゆっくりと瞼を開く。


「それにしてもわたしたちは、生きることに代償があるかのようにもろさがある……」


寂しそうに笑うじゃねえか。


「あんたは、運命の女神に選ばれた人間だろ? 哀しいことなんかねえだろ?」


その目に、にぶい光が宿った。アストレイアは席の横に置いているトランクをやさしく触った。


店の中の客達のざわめきが、急に聞こえてきたような気になった。誰もが楽しそうに誰かと話し、世界は幸せに満ち溢れているようだった。


あたし達の戦いは終わったのかもしれない。結果は、たぶんこちらの負けだ。結局、全身を穢れに浸らせられないあたしは、アストレイアの詩をきれいだと思っていたのだから。


「わたしは孤児なのです」


こちらを見ずにぽつりと、壊れやすいものをテーブルに置くように。


「優しい両親の家に引き取られています」


「そんなのに同情しねえよ」


あたしはアストレイアを睨んだ。場合によってはこいつの評価も下がる。


「優しい両親だろ。結構じゃねえか。不幸な奴はどこまでも不幸なんだからな」


「ネコ、あなたは怒りや恨みをご両親にぶつけられるでしょう? 思いの中だけでも。でもわたしは、それができない。不満があっても、それは背徳行為でしょう?」


「な、何だよ」


あたしは、情けない声を出してしまう。攻撃を繰り出すことには慣れているが、誰かの相談に乗ったことなんかねえ。


「わたしは時々、100円ショップでガラスのコップを買います。1度に3つ、4つ。それを真夜中の公園に持って行って、ぱりん、ぱりんと怒りを持って割るのよ」


「つまんねえな。気に入らねえセンコーでも泣かせた方がよっぽどスカッとするぜ」


アストレイアが再び木のトランクに触れた。そこにぬくもりがあるかのように、しばらくそのままだった。


「これが本当の両親の形見です。事業に失敗して一家3人心中をはかったらしいお父さんとお母さんの顔は、わたしは知りません」


「あんたは、殺されそうになったのか」


「世界はこんなに美しいのにね」


「いま、生きてんならいいだろ……」


なぜか拗ねるような顔をあたしはしてる。顔が真っ赤になってるのもわかる。


アストレイアは、笑顔を作った。

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