第10話 思い出
特別なエピソードがあるわけじゃねえ。
一緒に暮らして一緒に育ったってくらいのことだ。特別に優しかったわけでも、長男として逞しかったわけでもないしな。
あれは、なんだったかな。家族がまだそんなに壊れてねえころだ。もちろん愛情ってもんはなかったが、生活に余裕があったから、幸せは感じられていた。こういうこともあると思うぜ? 曰く、物質的な欠乏がなければ、そこに錯覚の愛情を見るのはたやすい。
ああ、兄貴のことだったな。いや、つまんねえことだ。
あたしが小2、兄貴が小4だったと思う。
その日はオカアとオトオが、2人だけで旅行に行ってたんだ。おかしいって思うだろ? ウチじゃ普通のことだったぜ。
ドアの鍵は閉めておくから、そこは触るなと言われていた。
夕方、ご飯を食べようと冷凍庫を開けた時、あるべき食べ物がないことを知った。
冷凍食品の買い置きがなかったんだ。
腹は減ってくる。ご飯のありそうなとこは探しまくったが、レトルトのカレーすらない。
あたしは半泣きになっていた。空腹になって、ずっとなにも食べらなかったことあるか? ありゃ、相当つらいよな。
「わかった!」
兄貴は、自分の机の引き出しから財布を取った。
「ネコ、行くぞ」
「だって、玄関のドア開けると怒られるよ?」
「お腹はぐーって鳴ってるぞ」
「見つからなければ、なにをしてもいいの?」
「しっかりしろ、ネコ。俺たちは自由なんだ」
記してみると、安っぽいな。だけどあの時の兄貴はかっこよかったよ。
それは、兄貴の生来持つ、強さだったのだ。愛情の飢餓が、それを失わせた。
そういうのは本物じゃねえって思うか? どんな目に遭おうと失わないものが、真実に持ってるもんだと?
人間ってのは人からの扱われ方で、だいぶ変わると思うけどな。
兄貴の葬式で、棺桶に花を入れる時、あたしは花びらの整った真っ赤なガーベラを一本だけ入れた。心の中で言った。
お前の魂の色だ。間違いねえよ。
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