第9話 ふざけんなよ
「ふざけてんじゃねえ。なぜ、勝手なやり方をしておいて、その結果見捨てる? 最初から天使は夢とかでなく現実に出てきて、天国へ行くために羊を捧げよ、といえばいいだろ? 試すようなことをして、サイテーだな」
あたしは攻撃の方向が決まったと思った。アストレイアは、なすすべもなく、口ごもるはずだ。
あたしは勝利を確信し、尊大な目で相手を見た。体に喜びの電気が、駆け巡った。気持ちいいぜ!
「そうですね……」
アストレイアは、そっとコーヒーを飲んだ。音のしないような丁寧さで。大雨の後、山のごく緩い斜面をさらさらと流れる静かな水流のような落ち着き。
しかし、思案げな顔。そうだ、考えて、なにも出なくて、撃沈してしまえ。そして敗者という惨めな自分を噛み締めてろ!
「信じることが、必要なのです」
「ああ?」
こいつ、さっきから思ってたんだが、何かの教徒か。やべー、こっちが逃げるか。
あたしは、偏見抜群な考え方をした。いいんだよ。宗教なんて、資本主義に毒されて進化しているのだ。金が関わると、どうも人間、きれいにはなれねえみたいだしな。
「信じること? うまいこと従わされてるだけだろ」
「本当は神さまを信じることではないのです。あなたが強く願うものを信じることなのです」
「けっ、つまんねえ説教だな。そんなのはまともな大人が妄想するまともな社会の理想像だろ。あいにく、あたしは社会に適応できないんで、そういうテレビやガッコが言いそうなコギレイで耳障りのいい言葉には、アレルギーがあんのさ」
「ネコには、信じたいものがないの?」
「なんだと?」
兄貴の顔が頭の中に出てきた。くそっ、なんだよ。バカ兄貴、お前は世界に負けたんだ。この世に出てくんな。
「大事なもの、あるでしょう?」
「ふざけんな。なにも与えられない者には、持ってるものもねえんだよ!」
「あなた自身というものは? 思い出は? 宝物は?」
アストレイアは勢いよく、体をこちらに寄せるようにした。
あたしは、ばっと、体をのけぞらせる。
この女はもの静かなようで、いきなりでかく感情を見せてくるな。
くそ、なんだよ。
あたしは黙った。
相手もそれ以上はなにも言わねえ。
沈黙が場を支配した。
あたしはコーヒーを飲む。余裕を見せるためだ。ズズズズ……。
なぜか兄貴のことが思い出された。
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