坂本茂



~坂本茂~



 「聞くだけ屋」に坂本茂が突然やって来た。


「神野くん、今ちょっといいかな」


「坂本さん、もちろんです。どうぞお座り下さい」


 神野ゆいは驚いたが、坂本茂が以前のように堂々と自信のある様だったので安心した。


「突然すまないね。どうしてもすぐに伝えたかったんだ」


「何かあったのですか?」


 神野ゆいもソファーに座った。


「今ね、上条と晴輝くんの所に行ってきたんだ。晴輝くんに仕事を頼もうと思ってね」


「仕事……ですか?」


「うん。私もそろそろ何か仕事をしようかなと思っていたら、最近講演会の話をいくつかいただいてね。だからちゃんと会社をつくって晴輝くんに経営を任せられないかと思って。もちろん、空いた時間でいいんだ。上条のもとで勉強しながらでいいし、なんだったら私も政治のことは教えてあげられるしね。来月、息子も留学から帰って来るから三人で会社を立ち上げないかって」


「そんな……ありがたいお話しです」


「うん。上条も晴輝くんも喜んでくれたよ」


「坂本さん、本当にありがとうございます」


 神野ゆいも嬉しくて頭を下げてお礼を言った。


「今は講演会だけだけど、のちのち若い二人と相談して、何か私たちにできることをやっていきたいと考えているんだ」


「素晴らしいお考えです」


「私もまだまだ埋もれるわけにはいかないからね。これも神野くんのお陰だよ。命の恩人だからね」


「それは大袈裟です。私は何もしておりませんよ」


「いやいや、感謝しているんだ。少しでも恩返しさせてくれないかと思ってね」


「もう充分です。本当にありがとうございます」


「それにしても、晴輝くんは随分と立派な青年だね」


 神野ゆいは嬉しかった。


「坂本さんの息子さんはどんな方なのですか?」


「ん? 翔也か? あいつも頭がいいぞ。だから大学を卒業してすぐに留学させたんだ。英語はペラペラだし勉強熱心。性格も明るくて人付き合いもいい方だよ。友達はたくさんいたはずだ。あれ、これじゃ私は親ばかだな」


 坂本茂が照れくさそうに笑った。


 初めて見る坂本茂の表情が可愛らしく見えて、神野ゆいも笑っていた。


「そういうことで、早く神野くんに報告したかったんだ。お邪魔したね」


「いえ、本当にありがとうございます。こんなに嬉しいことはありません。感謝します」


「喜んでもらえてよかったよ」


 坂本茂はそれじゃあまた、と言って「聞くだけ屋」を後にした。


 神野ゆいは晴輝が喜んでいる姿を想像すると、早く会いたくてたまらなくなっていた。





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