戸田聡美



~戸田聡美~



 いつもの説明とサインとペットボトル。


 そしてタイマーをセットし、いつもの「聞くだけ屋」が始まる。


 とても美しい戸田聡美という女性は何か思い詰めているようだった。


「私、もうすぐ結婚するんです」


 と言ったが、結婚前の輝かしさは無かった。


「結婚式はもう来月に迫っています。彼の実家にはご挨拶に行きました。でも、私の実家にはまだ行ってません。色々と理由をつけて先延ばしにしてここまできてしまいました。実は私……整形してるんです。彼にはもちろん、実家の両親にも言ってません。私、どうしたらいいか」


 戸田聡美はかなり悩んでいる様子だった。


「彼には何度も言おうと思いましたが、それで彼を失うと思うと怖くて言い出せませんでした。彼は私のこの顔を好きになってくれたんです。今さら騙してたなんて言ったらどうなるか。でも結婚となると、いずれ子供が出来るかもしれません。子供が私に似てしまったらおしまいです。私のもとの顔はまったくの別人なんです」


 戸田聡美はスマホを取り出し、写真を見せてくれた。


 確かに同一人物とは思えない程、面影はみじんもなかった。


 (ん?)


 戸田聡美がスライドして何枚か見せてくれた写真の中に、整形外科医の金田が写っていた。


 (金田が施術したのか)


 さすがに腕は一流だなと神野ゆいは感心していた。


「この顔になって私の人生は百八十度変わりました。お化粧もお洒落も勉強して、外に出るのが楽しくてたまらなくなりました。人付き合いも苦手で友達もいなかったのに、この顔ではたくさん友達が出来ました。そんな時に彼と出会いました。初めての彼氏なんです。もし整形だって打ち明けたら、彼も友達も何もかも全て失ってしまいます。怖いんです。私、どうすればいいでしょうか……」


 戸田聡美はすがるような目で神野ゆいに助けを求めている。


 神野ゆいは少し考えた。


「結論から申しますと、今すぐにでも告白した方がよろしいかと」


「えっ」


「これから先、死ぬまで一生隠し通すおつもりですか。彼にも、ご両親にも」


「それは……」


「今打ち明けないと、あなたはずっと苦しみます。きっと耐えられません。でしたら早く正直にお話しした方がよろしいかと思いますよ。大丈夫です。彼は顔だけであなたと結婚すると決めた訳ではありません。そう信じてみませんか? お友達でも同じです。今まで打ち明けなかったことは素直に謝った方がいいですが、とにかく信じて話してみましょう。人は自分が言いたくないことや恥ずかしいことを隠したがりますが、家族、恋人、友達、という近しい人はその内容よりも、隠しているという事実の方に腹を立てます。なぜ自分に言ってくれなかったのか、相談してくれなかったのか、そちらの方がさみしいものなんです。自分はそんなに信用されていなかったのか。とね。あなたもご両親のこと、お友達のこと、そして彼のことを信じてみてはどうでしょうか」


「信じる……こと……」


「そのためにはまず、自分のことを信じてあげましょう」


「自分のこと?」


「あなたは人生が変わったとおっしゃいました。変わったのは人生でも周りでもなく、戸田さん自身です。お洒落なども勉強して、人付き合いも出来るようになった。とても素晴らしいことではないですか。もっと自分のことを好きになって、もっと自分のことを信じてあげて下さい」


 戸田聡美は目に涙を浮かべていた。


 ピピピピピ……


 タイマーがなった。


「すみません、お時間です」


「私、ちゃんと皆に話します」


 戸田聡美は立ち上がった。


「はい」


 神野ゆいが微笑む。


 戸田聡美は封筒を置き、ありがとうございましたと言って「聞くだけ屋」を後にした。


 (そういえば、金田の予約は入ってたかな……)


 神野ゆいは予定表をチェックしていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る