高槻弘則



~高槻弘則~



 今日は高槻というスーツを着たサラリーマン風の男が「聞くだけ屋」に来ていた。


「では始めます」


 神野ゆいがいつもの説明を終え、タイマーをセットした。


「付き合って三年になる彼女がいます。同じ歳で、二人とも三十になるのでそろそろ結婚しようかな、と考えているんですが」


 高槻が言葉をつまらせる。


「実は……もう一人お付き合いしている子がいまして。その子とはもうすぐ半年になります。まだ二十三歳の若い子です。それで……」


 高槻は申し訳なさそうにしてお茶を飲み出す。


「すみません。神野さんのようなお綺麗な方にこんな話し、恥ずかしくて。えっと、結婚したいのは山々なんです。でも、その子のことも好きなんです。できたら結婚もしてその子とも続けていけたらなって思ってます。でもやっぱりそんなのあんまりですよね。酷いですよね。自分でもわかっているのですが、どっちかに決めることもできないのです。こんなことお聞きするのもなんですが、神野さん、どう思いますか?」


 高槻は申し訳なさそうに聞いた。


 このての話しは少なくはない。


 どちらかというと神野ゆいが苦手なタイプの相談だった。


「私は男女の仲、夫婦の仲というのは第三者が口出しすることではないと思っております。いくら口出ししたところでどうこうなる問題ではありません。お互い同士しかわからないことですので」


 高槻は真剣に聞いていた。


「ただし、忠告だけさせて下さい。あなたの行動で傷付く人がいるということ。あなたの行動で悲しむ人がいるということ。今のままではあなたは誰ひとり幸せにすることは出来ないということ。この状態が一生続くと思いますか? 遅かれ早かれ終わりはきます。もっと先を見て下さい。ご自分の気持ちばかり考えてないで、もっと人の気持ちを考えてみて下さい。私が言えるのはこれくらいです」


 高槻はしばらく考えていた。


「僕は勘違いしていたのですね。てっきり二人の女性を幸せにしていると思ってました。逆、だったんですね」


「高槻さん、それは違います。先ほど申しましたように、その女性達の気持ちは私にはわかりません。もしかしたらお二人とも今は幸せかもしれません。今は、です。私は先の話をしているのです。このままの状態で結婚したとして、お二人ともを幸せに出来るのですか、とお聞きしているのです。ご理解頂けますか」


 高槻はまた考えている。


「僕が二人とも幸せにするように頑張ればいいんですね」


 神野ゆいは困惑した。


 自分が言っていることはそんなに難しかったか。


 それともこの高槻という男の理解力があまりにも乏しいのか。


「あなたはどうしたいですか」


 神野ゆいは質問の方向を変えた。


「僕はもちろん、二人を幸せにしてあげたいです」


 高槻は笑顔で答えた。


「二人を幸せにするにはどうすればよいのでしょうか」


 神野ゆいが逆に聞いた。


「うーん。僕が結婚したいと思ったからダメだったんですね。結婚は諦めて、このまま二人と付き合っていけばみんな幸せですよね」


「高槻さんがそう思うのであれば、そうして下さい」


 ピピピピピ……


 タイマーがなった。


「お時間です。ありがとうございました」


「あ、ありがとうございました。何だかスッキリしました。二人とも幸せにしますので、安心して下さい」


 高槻は一万円札をテーブルに置いた。


 笑顔でまたお礼を言い、帰っていった。


 (変わった人だ)


 天然なのか、ただのポジティブ思考なのか。


 神野ゆいには理解できなかったが、本人は満足していたようなのでまあいいか、と思った。





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