深木彩



~深木彩~



「ここはお話しを聞くだけです。もし私に何かしら話して欲しい時はおっしゃって下さい。ただし一切の責任は請け負いません。タイムリミットは初回は十分です。アラームが鳴ったら途中でも切り上げていただきます。最後に料金についてですが、決まっておりません。心のままにお支払いして下さい」


 説明の後のサインとペットボトル。


 タイマーをセットして、いつもの「聞くだけ屋」が始まる。


「私は派遣社員として働いています」


 深木と名乗るその女性は少し疲れている様子で話し始めた。


「今は大手の会社に派遣で通っています。実際に行ってみて本当に驚きました。正社員の方より派遣社員の方が数が多いんですよね。しかも派遣の方々の能力があまりにも低い。私は派遣社員とは会社に派遣されて、その場で仕事を覚えてしかも臨機応変に対応してさらに即戦力にならなければいけない。そう思ってましたし、そうしてきたつもりです。今の会社はあまりにも酷すぎます。私の部所だけなのかも知れませんが、派遣社員の方は仕事をしようとしません。パソコンでゲームをやったり、スマホをずっといじっていたり、おしゃべりしながら食べたり飲んだり。電話が鳴っても出ようともしません。結局出るのは私か正社員の方です。正社員の方も注意も何もしません。不思議ですよね。私には理解ができません。大手なのにこんな状態で良いのでしょうか。人件費の無駄です。まさか私が注意する訳にもいきませんので、見てみぬふりです。注意するより自分でやった方が早いですしね。でももう我慢の限界にきています。バカらしくなるんです。みんな遊んでいるのに自分だけ真面目に一生懸命仕事していると。正直言って疲れます。私が登録している派遣会社は、三ヶ月ごとの更新になります。もうすぐ更新の時期なので、更新はしないつもりです。どちらが悪いと思いますか? 仕事をちゃんとしない人間や能力もない人間を派遣している派遣会社と、そんな人間が派遣されても注意も教育も何もしない会社側と。私は考えました。会社側は、まさかそんな仕事もしない人間を派遣してくるとは思っていなかったはずだと。やっぱり派遣会社がおかしいのではないかと。そして決めました。有能だけどちゃんと働けていない人たちを私が集めて派遣会社を作ろうと。どこに出しても恥ずかしくない、スーパーエリート集団の派遣会社を作ります。若くて職を探している人もたくさんいるはずです。仕事をしたい人もたくさんいるはずです。時間はかかるかもしれませんが、やってみようと思います。いや、やります。ここには決意表明の為に来たんです。必ずやります。聞いてくださって、ありがとうございました」


 深木は頭を下げた。


 ピピピピピ……


 タイマーがなる。


「お時間です。ありがとうございました」


 神野ゆいがタイマーを止める。


 深木は自分の財布から五千円札を取り出し、テーブルの上に置いた。


 もう一度お礼を言い、「聞くだけ屋」を後にした。


 (ああいう人が少しずつ世の中を変えてくれるといいな)


 神野ゆいはそう願いながらタバコに火をつけた。





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