対決



~対決~



「篠原さん……」


 晴輝が心配そうに篠原を見る。


「うん、もう少し様子を見よう。合図もまだだしね」


 篠原はモニターを見つめる。


 坂本も口を聞かず、黙ってやり取りを見ている。


「それはどういう意味ですか」


 ちえが神野ゆいに聞いた。


「いいですか。あなたほど頭が切れる女性でしかも元政治家ともなれば人を見る目は充分備わっております。あなたは私をじっと見て迷ってらっしゃいました。このまま何も話さずに終わるか、この辺で話して終わりにするか。本当はこのまま何も話さずに終わるつもりだった。影山も捕まり、事件は解決した。と思わせたかった。でも影山の洗脳はいずれ解けてしまう。一ヶ月後か、一年後か。だからいずれにしろ、あなたは息子さんのいる海外に高飛びするはずだった。ところが坂本大臣にこんな所へ連れてこられてしまった。真実を見破られるかもしれない。でも私を見て安心した。思ったより若かった。対決したくなった。自分の方が経験もあるし嘘も上手い。これならすぐに騙せるとでも思ったのでしょうね。今お話しして終わりにできるならそうしたいですもの。昨日の夜たった一晩で考えた嘘にしては良く出来ていました。表情ひとつ変えずによくもまあ淡々と話しておりましたね。さすがは人をあれだけ洗脳することができるお人です」


 ちえの顔が少しずつ崩れている。


 モニターを見ていた篠原が晴輝に言う。


「合図があったら踏み込むから、晴輝くんは大臣とここにいてくれ」


「わかりました」


 無線で田中に連絡する。


「田中、入り口を包囲しろ。誰も外に出すなよ」


 三人は耳をすませながらモニターを見つめていた。


「……何を言ってるの?」


 ちえが神野ゆいに聞く。


「人は誰でも嘘をつきます。小さな嘘も、大きな嘘も。嘘をつくのって結構大変なんです。特にあなたのような頭のいい人間は、相当な気をお使いになるでしょうね。表情や仕草、目線までにも。あなたは目線で嘘とバレないように、ずっと私の目を見ていましたものね。そして話し終えたあなたはほっとしました。完璧に言えたんですもの。あなたは安心して笑ってしまってました。ほんの一瞬の気の緩みです。心まで嘘はつけません」


 ちえの顔が赤く染まり出す。


「洗脳したのは影山よ。あの人狂っているのよ。狂ってるから何もしゃべれないのよ」


 ちえが声をあらげだした。


「ええ。あなたが影山さんにそうするよう洗脳しましたからね。警察で佐々木、久保田、坂本夫妻のことを聞かれたら瞑想するように洗脳しましたよね。もう何もお話しにならない方がよろしいかと。どんどんボロが出てしまいますよ」


「私がボロなんか出す訳ないでしょ。ここまで完璧にやってきたんだから」


「ええ、まんまと騙されましたよ。久保田をここに寄越したのもあなただったんですね。私が怪しんで、財務大臣秘書の影山聡子を調べるよう仕向けた。そうですよね」


「あはは。そうよ。影山の過去が役にたったわ。おかげで誰もが影山を疑うもの。あんな便利な女はいなかったわ」


「でも、なぜこんな事を? 順風満帆に見えるあなたのようなお人が、なぜわざわざこんな面倒な事をなさったのですか?」


「順風満帆? 私はね……政治家として登りつめたかったの。それが坂本と付き合ったせいでガラガラと音をたてて崩れ落ちていったのよ。それでも息子が産まれた時は幸せを感じられたわ。この子の為にいい母親になろうってね。でも息子の手がかからなくなると、私の中で後悔の念が膨らんでいった。また政治家に返り咲こうと何度も思った。でも坂本があまりにも完璧な人間すぎて、何だか私、劣等感でいっぱいになってしまったのよ。人望も厚く、誰にでも好かれて頼られる。どんどん出世して手の届かない所へ行ってしまう坂本のことを見ているだけでつらかった。嫉妬よ。単なる嫉妬なのよ。ちょっとでいいから坂本にも苦しんでほしかったの。でも気付いた時には遅かったわ。私のことを思っている佐々木を洗脳し、役に立つ影山を取り入れ、少し邪魔になってきた久保田を殺させたわ。それでも坂本には何ひとつ思い知らせることはできなかった。完全な敗北よね。負けよ」


「坂本大臣のことを本当に愛してらっしゃったのですね」


「え?」


「愛していたからあなたは自分の方を向いて欲しかった。もっとかまって欲しかった。気付いて欲しい、愛して欲しいが為に、やり方を間違ってしまったのですね。違いますか?」


 ちえは泣き出した。


 声をあげて泣き出した。


「そうよ……そうよ。愛しているのよ! こんなにも……愛しているのに、あの人は……。ちょっとでいい。ほんの少しでいいから……私を見てよぉ!」


 ちえは泣き崩れた。


 ちえはただ坂本大臣のことを愛していただけなのだ。


 愛が深すぎたために生まれた悲劇。


 やっと真実がわかった神野ゆいは満足していた。


「お時間です」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る