対決



~対決~



「はじめまして。神野ゆいと申します」


 神野ゆいが挨拶をする。


「坂本ちえです」


 VIPルームで見ていた篠原と坂本大臣、それに晴輝が驚いた。


 一週間何も話さなかったちえが、神野ゆいに会ってからものの三分で口を開いたのだ。


「いいぞー。神野くん」


 篠原がつぶやいた。


 神野ゆいも少し驚いた。


 (普通に話せているではないか)


 神野ゆいは黙って次の言葉を待った。


「昨年、息子が留学してから、急に寂しくなったんです」


 ちえが話し始める。


「坂本は忙しく、家に帰って来ても、書類仕事やメールチェック、電話連絡、新聞のチェック、私と話す暇はありません。そんなことは以前からなのでわかってはいたのですが、息子がいない今、何だか世の中から孤立したような感覚になってしまいました。ひとりぼっちだなって」


 ちえはずっと神野ゆいの目を見て話す。


 神野ゆいも目をそらさなかった。


「以前からたまに電話で話していた賢也くんと、頻繁に連絡をとるようになりました。あ、佐々木のことです。賢也くんは優しくて、私の長話にいつも付き合ってくれてました。三ヶ月前、大臣が坂本になってから、賢也くんも少しは時間がとれるようになったと言って頻繁に食事に誘ってくれるようになりました。賢也くんは昔から私のことを好きでいてくれてたので、その思いにつけこんで私も甘えていました。ところが私のことを好きな思いが膨らんでしまって、その思いは坂本への恨みへと変わっていってしまったんです。私のことを放っておくなんて酷いヤツだとか、大臣を奪われただとか言い出すようになりました。ちょうどその頃、秘書だった影山さんに洗脳されたんだと思います。坂本があまりにも完璧すぎるからおとしいれてやると言って週刊紙に写真を撮らせました。賢也くんはこのスキャンダルで坂本をちょっとだけ苦しませたかっただけなんです。でもなかなか週刊紙に載らなかったので問い合わせたところ、警察からまったがかかったと。それでついに賢也くんはおかしくなりました。何をやっても何をもってしても坂本にはかなわないと。そんな賢也くんを見ていると私も少し責任を感じていました。賢也くんから影山さんの別荘に来てほしいとお願いされたので、私は言われた通りにスマホのデータを全部消去して、身一つで会いに行きました。最初は影山さんは留守だったので、賢也くんを説得してみました。坂本はこんな事で怒ったり警察に付き出したりするような人ではないからもう止めよう、もう帰ろうと何度も言いましたが手遅れでした。そして影山さんが来るなり、私は首輪をされて繋がれてしまいました。その後はご存知かと思います」


 ちえは淡々と他人事のように話していた。


「久保田は? 久保田隆史は佐々木が殺したのでしょうか」


 神野ゆいが聞く。


「ああ。あれは事故だったみたいです。久保田は賢也くんが少しおかしいことに気付き、影山さんと会うのをやめろとか、坂本の身辺調査をやっても何も出ないからもう無理だとか言っていたようです。あの日もいつもの橋で会っていたそうですが、賢也くんが怒って久保田につかみかかったら橋の手すりが低すぎて、長身の久保田はそのまま後ろに倒れて下に落ちてしまったそうです」


 ここまで話すと、ちえは失礼しますと言ってペットボトルのお茶を飲んだ。


 神野ゆいはちえをじっと見ていた。


「あなたはなぜ、一週間誰とも話さなかったのに、今こうしてお話しされているのですか?」


 ちえがペットボトルのキャップを閉めた。


「どうしてでしょうね。不思議なんです。あなたを見ていたら急に聞いてもらいたくなったみたいで……」


「それは嘘ですね」


 神野ゆいが言った。


「えっ?」


 ちえが少し微笑んだのを神野ゆいは見逃さなかった。


「話したくなったのではありません。あなたは話さずにはいられなかったのです」


 ちえの顔が緊張した。


 同時にVIPルームの三人にも緊張が走った。





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