小百合



~小百合~



 小百合が黒塗りの高級車に乗っていたことを考えて、神野ゆいは今回は小百合をVIPルームへと案内した。


「こんなお部屋があったのね」


 小百合は驚いている。


「小百合さんが素性をあかしたくないようでしたので、こちらの方が安心できるのではないかと思い勝手にこちらにお連れしました。申し訳ありません」


「気を使わせてしまったのね。謝らないで。こちらの方が落ち着くわ。どうもありがとう」


 小百合は相変わらず可愛らしい笑顔だった。


 ただ、どこか悲しそうな雰囲気があった。


「こんなお話を神野さんに聞いてもらおうなんて、ちょっと心苦しいのだけれど……」


「お気になさらないで下さい」


「……ええ。実は、あれから夫と話しましたの。あなたの力になりたいから、何でも言ってほしいって」


 小百合の顔がどんどん暗くなってゆく。


「やはり、娘さんを探していたわ。でも……亡くなってしまっていたのよ。十九才の頃ですって。母親、つまり前の奥様と同じ病気だったみたいで」


「夫はすごく落ち込んでいるわ。後悔もしてるみたいね。もっと早く探していればって。お仕事も断り続けて、家に閉じこもっているの。私、なんて声をかければいいのか……。何もしてあげられない……」


 小百合は頭を抱え込んでしまった。


「……もしかして小百合さんはご自分のせいだと思ってらっしゃるんですか?」


「え?」


「自分がいたからご主人は今まで娘さんを探そうとしなかった。と」


 小百合は必死に涙をこらえているようだった。


「そう……。あなたの言う通りよ。責任を感じているの。私のせいで……。私さえいなかったらって。そうすれば、夫は娘との最期の時を一緒に過ごせたかもしれないって」


「それは間違いです」


 神野ゆいは声を張り上げた。


「だいたいご主人がそんなことを思っているとお考えですか? 違いますよね? あなたの愛したご主人はそんなことを思うような人ではないと、小百合さんが一番わかってらっしゃいますよね? それなのに、一番わかってるあなたが理解しようとしないでどうするのですか。ご主人は今、悲しんでいるのです。そりゃあ後悔もしているかもしれません。でもそれを小百合さんのせいだとは一ミリも思っておりません。だってもうご主人にはあなたしか、小百合さんしかいないんです。あなたが支えないで、誰が支えるんですか。何でもいいんです。声をかけてあげて下さい。ご主人がたとえ無反応でも、たとえ怒って怒鳴ろうとも、声をかけ続けてあげて下さい。一緒に悲しんで、一緒に乗り越えて下さい。これは小百合さんにしか出来ないのですから」


 小百合は泣いていた。


 神野ゆいの目にも涙がにじんでいた。


 二人が落ち着くまで、しばらくかかった。


「本当にあなたは不思議な人ね」


 涙をぬぐいながらも小百合は笑顔をとりもどしていた。


「私の心を一瞬で見抜いて、一瞬で解決しちゃうんですもの」


「まだ、解決はしておりませんが」


「あは。わかってるわ。あとは私が頑張るだけね。任せといて」


「はい」


 神野ゆいも笑顔で答える。


「さあ、こうしちゃいられない。早く夫のもとへ帰らなくちゃね。神野さん、また来てもよろしいかしら?」


「もちろんです。ご報告、お待ちしております」


 小百合はまたあのいい香りのする封筒を渡した。


「本当に私、あなたに会えてよかったわ。どうもありがとう」


「こちらこそ、ありがとうございました」


 二人で頭を下げ、神野ゆいは小百合を見送った。





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