上条晴輝



~上条晴輝~



 あの隠れ家のようなバーのカウンターに、晴輝と神野ゆいが座っていた。


 神野ゆいが、晴輝に自分の気持ちを伝えようと思い、呼び出したのだ。


 神野ゆいにとって、自分の気持ちをごまかすことが苦痛だった。


 限界を感じていた。


「この前、親父がゆいさんのとこに行ったんだって?」


「はい。いらっしゃいました。それが何か?」


「あ、いや、何か親父、嬉しそうに話してたからさ。ちょっと、やきもち……的な?」


「えっ?」


 晴輝が照れ臭そうに見つめる。


 神野ゆいは少し緊張した様子だった。


「か、上条先生には、ちょっとした提案をして、それを凄く喜んでいらっしゃって……きっとそれで……」


「ふーん、そっか」


「あ、あの……晴輝くんは、どこまで知ってるのですか? 「聞くだけ屋」のことを」


 上条太郎が、どこまで晴輝に話しているのか以前から気になっていた。


「うーん。俺が知ってるのは、ゆいさんのとこに、変なヤツとか、危なそうなヤツが来たら、親父と篠原さんが助けてるってことと、ゆいさんが施設に寄付してる、ってことくらいかな」


「知ってたんですか? 寄付のこと」


「うん、最初っからね。どうしてなのか理由は知らないけど」


「そうでしたか……」


「ん? 嫌だった?」


「いえ、嫌とかではなくて。晴輝くんに、私のことをもっと知って欲しいと思っています」


「うん。俺もゆいさんのこと、もっと知りたいよ。でも、ゆいさん自分の話しするの嫌かなぁと思ってて。ゆいさんが話してくれるの待ってた」


「……実は、小さい頃から人と深くお付き合いするのが苦手で」


「それは何となく気づいてた。ゆいさん壁作ってるなぁって」


「それで、私のこと何も知らないのに、晴輝くんはどうしてこんな私を好きなんだろうって」


「あは、なーんだ、そんなこと?」


 晴輝が優しい笑顔で答える。


「ねぇゆいさん。人を好きになるのに理由ってないんだよ? そりゃあ確かに初めてゆいさんに会った時は、ちっちゃくて可愛くて、綺麗で、一目惚れしちゃったけどさ。しょっちゅう会う度に色んなことがわかってくるじゃん。さっきの壁もそうだけど、意外と照れ屋さんなんだなぁとか、凄く純粋なんだなぁとか、人の話しは聞いてあげてるけど、ゆいさん自分のことは誰に話すのかなぁ、俺が聞いてあげたいなぁとかさ。過去は確かに知らないよ? でも今の、今ここにいるゆいさんのことは俺知ってるから。ちゃんと知ってて好きなんだよ」


 晴輝が子供をなだめるかのように、神野ゆいの頭を撫でる。


「真剣に俺のこと、考えてくれたんだね。ゆいさんありがとうね」


 晴輝の優しさに溺れそうになる。


「あの……もう気づいてるかもしれませんが……私も、晴輝くんのこと、好き、なんだと思います。一緒にいると体が熱くなって心臓がドキドキするんです。しょっちゅうお会いしてるのに、またすぐ会いたくなるし、もっと晴輝くんのこと知りたいし、もっと近くにいたいんです。こんな気持ち、初めてで、どうしたらいいのか……」


「どうもしなくていいよ」


 晴輝は神野ゆいの手を握り締めた。


「えっ?」


「どうもしなくていいから、ずっと俺のそばにいて。俺のことだけ見てて。だから……その……俺と付き合って下さい」


 晴輝が神野ゆいの目を見つめる。


「……はい」


 神野ゆいも晴輝の目を見て答えた。


「あっ」


 晴輝が思わず神野ゆいを抱きしめた。


「ありがとう、ゆいさん」


 晴輝のにおいで頭がクラクラした。


「好きです。晴輝くんが……」


 神野ゆいは初めて素直に言葉にした。


「うん。ありがと」


 晴輝のぬくもりが心地よかった。


「ねぇ、今からゆいさん家行っていい?」


 晴輝が耳もとでささやく。


「俺、もう我慢出来ない。ゆいさんを抱きたいよ」


「……はい」


 そして二人はバーを出て、夜の街へと消えて行った。





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