上条太郎



~上条太郎~



 「聞くだけ屋」の上、雑居ビルの四階の入り口を入ると細い通路があり、ドアが一つだけある。


 そのドアの鍵を持つのは神野ゆい、ただ一人だ。


 暗証番号を打ち込み鍵を差し込むとドアが開く。


 中は窓もないワンルーム程の広さの防音使用の部屋になっており、大きなソファーが二つ、テーブルを挟んで置いてあるだけだった。


「ご無沙汰しております。上条先生」


 上条太郎はソファーに座り、神野ゆいは中から部屋の鍵を閉める。


 ここは権力者達が来た時に使う、いわばVIPルームだ。


「また寄付をお願いしたくて、お呼び立ていたしました。よろしくお願いいたします」


 ある程度の金額が貯まると神野ゆいは上条太郎に会ってお金を預けていた。


「うん。責任を持って預かるよ」


 上条太郎はお金を内ポケットにしまい、ひと息ついた。


「最近、晴輝がよくお邪魔しているみたいだけど、ご迷惑はおかけしてないかな?」


「迷惑だなんてとんでもないです。気にかけてくださって、ありがたいばかりです」


「あいつはゆいさんのファンらしいから、しつこいようだったら、適当にあしらってもらって構いませんからね」


 晴輝と似たキレイな顔立ちの上条太郎が優しく笑いかける。


「私も晴輝くんが来てくれるのは嬉しいんです。あ、その、晴輝くんはとても明るいし優しいですし……」


「ああ、そうでしたか。それは何よりですよ」


 上条太郎は神野ゆいが満更でもないことに気づくと嬉しそうにしていた。


「それから、昨日篠原さんにお会いしました。上条先生にもよろしく伝えてとのことでした」


「ああ篠原か。あいつは警視長になってから忙しそうで、なかなか会えないんだよ。元気にしてるならいいんだけどね」


「はい。相変わらずでとてもお元気そうでしたよ」


 会話をしながら神野ゆいは上条太郎の様子がいつもと少し違うのを見逃さなかった。


「上条先生、何か悩み事でも?」


 上条太郎がはっとした。


「やはりゆいさんはお見通しか。実は少し気になることがあって。話そうかどうしようか迷っていたんだよ」


 神野ゆいの顔を見ながら少し考えていた。


「私の、大学時代の先輩なんだがね。とてもいい人なんだよ。人望も厚く、仕事も出来て、誰からも好かれていて。その先輩に変な噂がたってしまっていてね。どうしたもんかと最近少し悩んでいたんだ」


「もし噂が本当だとしても、彼の事だ。何か理由があるはずなんだよ。一番心配なのは、その変な噂が本人に届いていたら先輩は一人で悩んでいるんじゃないかってとこだよな。何か力になれる事があるならそうしたいんだけどね。先輩に聞くわけにもいかないしね」


 上条太郎はため息をついて下を向いてしまった。


「とてもお慕いしてるんですね。その先輩のことを」


「うん。あの人には本当に色々教わったんだ。強くて優しくて、格好いい人間だよ」


「そうなんですね」


「ゆいさんはどう思いますか?」


 すがるような目で神野ゆいを見た。


「はい。そうですね……。その噂というのがどう言ったものかわからないので難しいですが、一つ提案があります。その方にここ「聞くだけ屋」の話をしてみてはいかがですか? 上条先生が行ったことがある、とだけでも。もしその先輩が、噂の事で悩んでいたり、他の事ででも悩んでらっしゃるならここにいらっしゃるかもしれません。もしいらっしゃったとしても、話の内容は私からは言えませんが、上条先生を安心させられるとは思います。いらっしゃるかいらっしゃらないかは賭けですけどね」


 上条太郎は目を輝かせた。


「それはいいかもしれませんね。ここなら、ゆいさんなら私も先輩を任せられますよ。うん、それがいい。うん、さすがゆいさんだ」


 上条太郎は両手を出して握手を求めた。


 神野ゆいはつられて手を出した。


「いやぁ。やはりゆいさんは素晴らしい。あんなに悩んでいたのに、心が晴れました。どうもありがとう」


「まだ何も解決しておりませんが……」


「はは。そうでしたね。先輩と話してみます。それではそろそろ失礼しようかな」


 そう言って上条太郎は立ち上がった。


 神野ゆいも立ち上がり、鍵を開ける。


「今日はお忙しい中、本当にわざわざありがとうございました」


「うん。こちらこそ。あ、晴輝のこと、よろしく頼むね。また連絡するよ」


「はい。お待ちしております」


 上条太郎は足早に階段を下りていった。


 神野ゆいは気づいていた。


 先輩とはきっと坂本茂のことだ。


 噂とはおそらく、晴輝が話していた金銭の受け渡し。


 そして秘書久保田の偵察。


 線がつながった。


 あとは坂本茂、本人に直接会ってみたい。


 危険ではないとは言いきれないが、神野ゆいは少し興奮していた。


 (来るか来ないか、これは私にとっての賭けだ)





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