神野ゆい



~神野ゆい~



 神野ゆいは施設で育った。


 物心ついた時には両親も家族というものもなく一人ぼっちだった。寂しいとかそういった感情もなく、それが普通で当たり前だと思っていた。


 急に新しい家族だと言われ、暖かい夫婦のもとに引き取られても、すんなり受け入れる事は出来なかった。


 すぐに家出をしては保護され、また施設に戻り、また新しい家族に引き取られてもすぐに出ていく。


 ずっとそんな生活を繰り返していた。


 人と深く関わることが苦手になっていた。


 いつも一人でいて、周りの人間を観察していた。


 思い出せば五才の時に最初に引き取られた暖かい夫婦だ。


 二人は端から見るととても優しく仲良く見えた。


 もちろん、神野ゆいにも優しかった。


 だが二人を観察しているうちに、何とも言えない気持ち悪い違和感に耐えられなくなり、家を出た。


 ゆいは内に秘めた感情をなんとなくではあるが感じとってしまうようだった。


 小さい頃はそれが嫌で友達も作ろうとはしなかった。


 人との関わりを無くしたかった。


 だがそんな神野ゆいの能力を施設の者達はちゃんと理解してくれていた。


 時にはまだ小学生の神野ゆいに色々な話をしてアドバイスを求める大人もいた。


 その時間が神野ゆいも楽しいと思っていた。


 それから中学・高校一貫の寮がある学校に進学したが、新しい環境と人間に馴染めないうちはよく寮を抜け出した。


 当然補導され、連れていかれたのが当時まだ警視正の篠原のもとだった。


 篠原は神野ゆいのことをいつも気にかけてくれていた。


 子供がいない夫婦二人暮らしの家によく泊めてくれた。


 妻の優子も神野ゆいが来ると嬉しそうにしていた。


 神野ゆいにとって、こんなに裏表のない優しい人間は初めてだった。


 高校を卒業する頃には神野ゆいも落ち着き、人との付き合いもそれなりに出来るようになっていた。


 大学には行かず、働くことを選んだ神野ゆいに、篠原は警察署での事務のアルバイトを紹介してくれた。


 それだけでは食べていけなかったので、夜は篠原がたまに行くバー(今は神野ゆいがたまに立ち寄る)でアルバイトをした。


 その生活を二年間続け、神野ゆいはある夢を抱いていた。


 自分が育った施設には、誰かが寄付をしていた。


 そのお陰で子どもたちも自分も学校へ行くことが出来た。


 本当に感謝していた。


 自分もそういった施設に寄付をしたい、役に立ちたい。


 そして篠原夫妻にも恩返しがしたかった。


 その想いを伝えると篠原は今の「聞くだけ屋」を提案した。


 以前から神野ゆいの感性をどうにか出来ないか考えていたらしい。


 細々とではあるが「聞くだけ屋」を続けて二年くらいで、貯めたお金を寄付したいと言った神野ゆいに、篠原は上条太郎を紹介してくれた。


 同級生で仲が良いという国会議員の上条なら、色々な施設に寄付する手助けをしてくれるだろうということだった。


 上条太郎もまた、政治家にしては珍しく裏表のない紳士だった。


 二年前に妻を亡くしており、今は息子と二人で暮らしているという。


 会って話をすると上条はすぐに神野ゆいを気に入って寄付の手伝いをしてくれることになった。


 それからある程度お金が貯まると神野ゆいは上条に寄付金を託している。


 こうやって、神野ゆいの「聞くだけ屋」は出来ていったのだった。





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