上条晴輝



~上条晴輝~



「ゆいさん、あれから変わりない?」


 晴輝が心配して様子を見に来てくれていた。


「特に変わったことはないです」


「親父にそれとなく聞いたんだけどさ、坂本大臣とは、今も普通に先輩後輩の仲なんだって。顔を会わせれば挨拶して近況報告したりとか」


「そうですか。偵察の理由はお父様とは何も関係はなかったということですね」


「うん、とりあえず親父はね」


 晴輝は少し悩んでから話し出した。


「ちょっと変な話し聞いちゃってさ。俺の大学の後輩が、偶然見ちゃったんだって。十日くらい前に坂本大臣が怪しげな男に封筒を渡してるのを」


「封筒?」


「うん。そいつバーでバイトしてるんだけど、夜中十二時くらいにゴミ捨てに裏口に出たら、路地裏に男が二人いて、よく見たら一人は坂本大臣でもう一人は帽子を被った怪しい男だったって。んで、封筒の大きさからいって、お金じゃないかって」


 確かに夜中に受け渡しするならお金だと考えるのが普通だろう。


「そいつ俺の親父が国会議員だと知ってたから教えてくれたんだけど、一応口止めはしといた。関わらない方がいいって」


「そうですか。何だかすごいタイミングですね。時系列で言えば、偶然見てしまったのが十日前。秘書が来たのが五日前」


「まあ、そのことがゆいさんと関係してるとは考えにくいけど、油断しない方がいいからね」


「そうですね。ありがとうございま……」


 その時ドアが勢いよく開いた。


「こんにちはー」


「お邪魔しまーす」


 突然入って来たのは健太郎と佑斗だった。


 二人の後ろから女の子も一人ついてきていた。


「あ、ボス、お疲れ様です」


「ボス、お疲れ様です」


「あら、こんにちは。どうしたんですか。突然」


「あ、ボスの彼氏さんですか? こんにちは」


 健太郎が晴輝に向かって挨拶をした。


「こんにちは。残念だけどまだ彼氏じゃないよ。俺の片想いだからね」


 晴輝が健太郎に言った。


 また神野ゆいは顔が熱くなった。


「そうなんですか? 気持ちは伝えた方がいいですよ。ねぇ、ボス?」


「えっ、はい。そうですね」


 神野ゆいが動揺する。


「ボスの言う通りにして無事に付き合うことが出来ました。こちらが梨紗です。一緒にお礼に来ました。ありがとうございました」


 健太郎が梨紗を紹介してくれた。


「はじめまして。梨紗です。ボスのおかげで健ちゃんが告白してくれました。ありがとうございました」


 梨紗が頭を下げて挨拶をした。


 とても可愛らしくておとなしそうな女の子だ。


「そうでしたか。お二人ともよかったですね」


「オレも、親と話して、塾一つにしてもらいました。六年生になったら二つ行くって約束しました。ボスのおかげです。ありがとうございました」


 今度は佑斗が頭を下げてお礼を言った。


「佑斗くんも。それはよかったですね。わざわざ皆でお礼に来てくれたんですね。嬉しいです。ありがとうございます」


 神野ゆいも頭を下げた。


「スゴいな、ゆいさん。子どもたちにも大人気じゃん。ボスって言われてるし。はは」


 晴輝が嬉しそうに笑った。


 神野ゆいも晴輝の笑顔につられて微笑んでいた。


「あの……ボスもお兄さんのことが好きなんですよね?」


 梨紗がかわいい声で神野ゆいに聞いた。


「えっ?」


「えっ?」


 晴輝と神野ゆいは顔を見合わせた。


「なんだぁ。やっぱり付き合ってるんじゃないですか」


 健太郎が言った。


「お兄さん、ボスを泣かせたりしたらオレたちが許しませんよ」


 佑斗が晴輝に向かって言った。


「え、あ、はい」


 晴輝の顔が少し赤くなっていた。


「オレたちのボスですからね」


 健太郎がだめ押しした。


「じゃあまた来ます、ボス」


「お邪魔しましたー」


「さようなら」


「あ、はい。さようなら」


 三人はそう言うと、あっというまに帰っていってしまった。


 部屋の中が急に静まり返る。


 少し気まずい雰囲気がただよう。


「すみません。騒がしくて。お話しの途中でしたのに」


「いや、賑やかで楽しかったよ」


 神野ゆいも晴輝も、お互いに目を合わせることができなかった。


「あ、じゃあ俺もそろそろ行くね。その、心配だから、明日も顔出すよ」


「はい……ありがとうございます」


「じゃあね、ゆいさん」


 手を振り出ていく晴輝の後ろ姿をただ見ることしか出来なかった。





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