上条晴輝
~上条晴輝~
「ゆいさん、こっち」
神野ゆいがたまにこっそり一人で飲みに立ち寄る隠れ家のようなバーに晴輝は先に来ていた。
「すみません、お待たせしましたか?」
晴輝の隣に座った。
「ぜんっぜん。俺がゆいさんに早く会いたかっただけ」
晴輝が嬉しそうに笑う。
(この笑顔は罪だ)
そんなことを考えながら神野ゆいはビールをたのんだ。
「ゆいさんから誘ってくれるなんて嬉しくてさ。ありがとうね」
「喜んでいただいて恐縮ですが、ちょっと気になることがあってご連絡差し上げました」
「何だそっか。えっ、どうしたの? 何かあったの?」
神野ゆいは先日の坂本大臣の秘書が偵察に来たことを話した。
「坂本茂かぁ。俺が小さい頃はよくうちにも遊びに来てたな。お正月にお年玉くれたりしてさ」
「そうなんですね」
「でも、親父がゆいさんの所に行ってるのは誰も知らないはずだしな」
「じゃあ、お父様とは関係なく別の理由で偵察に来られたのでしょうか」
「どうだろう。どっちにしろ親父には今坂本大臣とどういう関係なのか、それとなく聞いてみるよ」
「私の気にしすぎでしたら申し訳ありません」
「いや、親父が関係なくても何かあるはずだからさ。気をつけた方がいいよ」
「そうですね。ありがとうございます」
「いいって、いいって。ゆいさんさぁ、もっと俺のこと頼ってよ。年下には頼りづらいかもしれないけどさ」
「そんなことありません。頼りに……してます。晴輝くんのこと」
「ホントに? ならいいけど」
晴輝は少し照れくさそうな顔をしていた。
「かわいい」
思わず口に出してしまった。
神野ゆいは顔が熱くなるのがわかった。
「ゆいさん、バカにしてるでしょ。俺のこと」
「そ、そんなことありません。決して。感謝しています」
慌ててビールを飲んだのでさらに顔が熱くなった。
それから二人は二杯ずつおかわりをし、いたって
「じゃあそろそろ帰ります」
「送ってくよ」
夜の街を並んで歩くのは初めてだった。
美男美女のカップルに人々の視線が集まる。
「手、かして」
ごく自然に晴輝は神野ゆいの手を繋いだ。
「ゆいさん、手ぇちっちゃ」
晴輝のぬくもりが伝わってくる。
(あー、まただ……心臓うるさい)
もう片方の手を胸に当てて鼓動を確かめた。
晴輝の顔を見上げた。
晴輝も神野ゆいを見た。
「どうした?」
「……何でもない、です」
神野ゆいは自分の気持ちに確信を持った。
(やっぱりこのドキドキは……大好きってことだ)
その想いを胸に閉じ込めた。
二人はただ黙って歩いていた。
「もう、この辺で大丈夫です。今日はわざわざありがとうございました」
「俺の方こそ、誘ってくれてありがとね。親父じゃなくて、俺に連絡してくれて、嬉しかった」
「……じゃあ、お休みなさい」
繋いでいた手が離れる。
「お休みなさい。また顔出すね」
神野ゆいが歩いて行く後ろ姿に晴輝は手を振り続ける。
神野ゆいは何度も何度も振り返る。
晴輝も手を振り続ける。
お互いに見えなくなるまで。
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