健太郎と佑斗



~健太郎と佑斗~



 午後三時をまわっていた。


 (今日はお客ゼロか)


 神野ゆいが暇をもて余していると、入り口の方が何やら騒がしくなった。


「お前が開けろよ」


「お前が行こうっつったんだろー」


 何事かと思いドアを開けると、ランドセルを背負った男の子が二人立っていた。


「わ」


「あ。こんにちはー」


 二人は一瞬驚いたが、ちゃんと挨拶をした。


「こんにちは。どうしたのですか?」


 神野ゆいが聞いた。


「あの、これで話聞いてくれるってこいつの母ちゃんの知り合いが言ってたって」


 体格の良いぽっちゃりとした方の子が、握り締めていた百円玉を差し出した。


「わかりました。それは結構ですから、中に入ってお座り下さい」


 二人は顔を見合わせると「お邪魔します」と言ってソファーに座った。


 神野ゆいがペットボトルのお茶を渡すと、二人はお礼を言ってすぐに飲み出した。


「では、お名前と学年を教えて下さい」


 二人はかしこまると、聞かれた通り名前と学年を言った。


 ぽっちゃりしている方が健太郎で、痩せている方が佑斗だ。


 五年三組らしい。


 神野ゆいは一応、タイマーをセットした。


「十分だけ話を聞きます。今日はどうしたのですか?」


「すっげー。噂は本当だったんだ」


「だから言っただろ? ストップウォッチで計られるって」


「やっべえ、時間ないぞ。俺からいくからな」


「わかった。早くしろよ」


 健太郎が先人を切るようだ。


「あ、あの、俺、同じクラスの梨紗の事が好きなんだけど。太ってるからさぁ、ちょっと不安なんだよね。でもよくおしゃべりするし、梨紗も俺に気があるような感じはしてる。どうすればいいっすかね?」


「あの、俺は、塾に行きたくないんですよ。何か、受験? ってヤツがどうのこうので、お母さんに無理矢理二ヶ所も行かされてるんですよね。本当にキツいんですよ。どうすればいいですかね?」


「……それは、私に何か言って欲しいのでしょうか?」


 また二人は顔を見合わせた。


「えー、何でも解決してくれるって佑斗言ってたよな?」


「うん、確か、お母さんはそう言ってたって」


「どうすんだよ」


「いや、解決してもらおうぜ」


 二人は期待に溢れた表情で神野ゆいを見ていた。


 さすがに小学生は初めてだ。


 でもいくら子供だからといって軽い口は叩けない。


 彼らは彼らなりに思い切ってこんな治安の悪い所まで来てくれたのだろう。


「わかりました。でも一つ注意事項があります。解決するのは私ではありません。お二方です。私はあくまでも私の意見を言うだけです。それでよろしいですか?」


「はい」


「よろしいです」


「では、健太郎くん。梨紗さんに自分の気持ちを伝える事が大事ではないでしょうか。人が何を思い、何を感じ、何を考えているのか誰も知ることはできません。知るためには言葉が必要なのです。だから人間は喋る事が出来るのです。まずは梨紗さんに健太郎くんの気持ちを知ってもらいましょう」


「そして、佑斗くん。あなたも同じです。まずはお母様に、どうして塾に行ってほしいのか、なぜ受験をしてほしいのか聞いてみましょう。ただ、お母様は佑斗くんの事を一番に考えている、ということ。お父様は佑斗くんのため、家族のために一生懸命働いている、ということを忘れないで下さい。話を聞いてみて、それでも佑斗くんがどうしても塾に行きたくない、と思ったら、ご両親に言葉で伝えて下さい」


「お二人とも、今日はこんな所にまで来たのです。とても勇気があるのですね。健太郎くんも佑斗くんもきっと自分の想いを相手に伝える事が出来ると私は信じてますよ」


 二人はじっと神野ゆいの顔を見ていた。


「解決、出来そうですか?」


「は、はい!」


「まずは言葉にする、だな」


「ええ。気持ちを伝える、です」


「すっげー。あの、ボスって呼んでいいですか?」


「あ、俺も俺も。いいですか、ボス」


 ピピピピピ……


 タイマーが鳴った。


「私は神野ゆいです」


「カミノ……? 神のボスだ!」


「神のボスか!」


「ラスボスだ!」


「ラスボスだな!」


「さあ、こんな場所は早く帰った方がいいですよ」


「わかりました、ボス」


「ボス、また来ます」


 二人はランドセルを背負いドアの方へ向かった。


「さようならー」


「さようならー」


 丁寧にお辞儀をした。


「あ、最後に一つだけ」


 神野ゆいが言った。


「ストップウォッチではなく、タイマーです」





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