第3章:ずっとお前が好きなんだ(3)
千春はおどろいてじたばたともがく。だが、腕の主はがっちりと千春を包み込んで離さない。
一旦体が沈み込んだ後、ふうっと浮遊感がおとずれる。ざばりと水面を割る感触とともに、太陽光が目に刺さって、口が空気を吸えるようになった。
『あばれんなよ!』
右耳に水がしこたま入ったのか、左耳からしか聞こえないが、声の主は、背中から千春を抱えている相手のようだ。
『深呼吸して、そのままだらーんとしてろ!』
言われるままに、深く息を吸って吐き、両手足の力を抜く。千春がおとなしくなったと認識したのだろう相手は、水を蹴って、浜辺へ向かって泳ぎ出した。
死にそうな思いをして、ばくばく脈打っていた心臓が、落ち着きを取り戻してゆく。
救い主は一体誰だろうか。少しだけ首を傾けて、背後を見やる。そして目をみはった。
千春と歳の変わらない子供だった。その目は真剣に前だけを見すえ、それでも千春がまたおぼれないように手を離さないことに気をつかっているのが、ありありとわかる。
あまり話したことのない子だ。家が近所なのは知っているが、その体の大きさから、いつも体格の良い上のクラスの子供たちと格闘技のまねごとをしたりして、千春とは接点がない。
たしか、名前は。
『カツミ……くん?』
呼びかけても、千春を守るのに必死なのか、波をかきわける音にかき消されたのか。十河克己が千春に返事をすることはなかった。
ただ、水に濡れてきらきら太陽に照らされる髪と、必死な瞳が、強く印象にきざまれた。
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