第3章:ずっとお前が好きなんだ(2)
千春は小さい頃から、まわりの男子より体が小さかった。線が細く、身長順で並んだ時には前から数えたほうが早い。
その上、運動が苦手で、女子と一緒におままごとをするような子だったから、幼稚園でも、恰好のからかいの的だった。いじめと言っても過言ではなかっただろう。
『チハルは女みたいだな!』
『おまえのかけっこは、かけっこじゃなくてマラソンだよ!』
『おにんぎょう遊びが似合ってるぜ!』
まだ、セクハラなんて言葉も知らない年齢。男子たちは先生たちの見ていないところで、こぞって千春の頭をぺしぺし叩き、千春が目の端に涙をためると、
『ほらほら、泣くぜ泣くぜ!』
『かわいそうなチハルちゃあーん!』
『泣き虫チハルー!』
と、ますます調子に乗ってはやしたてるのだった。
夏のある日。幼稚園の催事で、海へ行くことになった。
大抵の子供たちは、水着に着替えると、きゃーっと歓声をあげて水中へ飛びこんでゆく。泳げない千春は、そんな彼らをぼうっと見送った。
その後、浜辺に落ちているきれいな貝を拾ったり、小さな穴を掘って蟹をつかまえたりと、自分なりの楽しみを見つけ、砂浜に腰を下ろして、戦利品をながめていた。
それが、いつも千春をいじめている男子たちの目にとまったのだ。
『まーた、チハルが女々しいことしてるぜー!』
『貝ガラなんか集めちゃって、おままごとの道具にでもする気かよ!?』
男子たちはげらげら笑いながら、千春が砂の上に並べていた貝や蟹を取り上げると、大きくふりかぶり、海に向かって投げ込んだ。ぱしゃぱしゃ、と小さな水音を立てて、千春のささやかな宝物が沈んでゆく。
『ほーら、くやしかったら取り返してみろよ!』
『どうせ泳げないだろ! なよなよのチハルちゃんは!』
体の芯がかっと熱くなったようだった。千春はパーカーとビーチサンダルを脱ぎ捨て、水着一丁になると、碧く広がる海へ向かって駆け出した。飛び込んだ水は、真夏の太陽に照らされて、ぬるくなっている。
探さなくては。大事に集めた貝や蟹を。
子供心に必死になって、水をかく。だが、子供ゆえに、ひとつのことに必死になりすぎて、海が危険と隣り合わせであることを、忘れてしまったのだ。
がくん、と。
突然足元を踏みしめる感覚が消えた。浅くない場所へ入ってしまったのだと気づくより先に、千春の小さい体は深みに沈む。
どうしよう。どうにか水に浮かなくては。がむしゃらに水をかくが、水面は遠ざかってゆくばかり。
息ができなくて苦しい。海水が目に痛い。それよりなにより、恐怖がすさまじい。
このまま死んでしまうのだろうか。黒い予感のお化けがおおいかぶさってきた時。
がばり、と。
お化けではない、本物の人の腕が、千春を背後から抱きしめた。
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