第3章:ずっとお前が好きなんだ(4)
『千春くん! 克己くん!』
浜辺に戻ると、先生の怒声が二人を出迎えた。
『なんて危ないことをしたの!? 駄目でしょう! 死んだら大変なことになっていたのよ!?』
『大丈夫?』より先に、叱りつけて押さえつける言いよう。自分の首が飛ぶ心配しかしていない大人の勝手な言いぐさだとは、当時の千春にはわかるはずもない。
千春が反論をできない子供だとわかっている先生は、さらに追い打ちをかける。
『千春くん! なんで泳げないのに海に入ったの!? 言いなさい!』
あまりにも怖くて、千春は身をちぢこめてうつむき、黙り込んでしまう。
『黙ってたらわからないでしょう!』
頭から降ってくるきつい責め立てに、涙がにじんだ時。
『先生。サワモリくんは、あいつらにいじめられていたんです』
克己がきっぱりと言い切って、千春の宝物を海に投げ込んだ男子たちをまっすぐに指さした。慌てた男子たちは、『ち、ちがうよ!』と必死に言いつのる。
『チハルが勝手に海に入ってったんだ、なあ!』
一人が言うと、まわりも同調するようにかくかくうなずく。
『おおうそです。あいつらの言うことだけ信じるんですか?』
それでも克己はきっぱりと切り捨て、ひるむことなく先生を見上げる。
『それがもし本当だったとしても、サワモリくんが海に入るのを見ていなくて止めなかった、先生にも、セキニンがあるんじゃないですか?』
あまりの正論に千春がびっくりして顔を上げると、そこそこ歳のいった先生の口元のしわが、ゆがんで増えているような気がした。こういうタイプの子供は大人に嫌われる、とも、もちろん当時の千春にはわからない。
『と、とにかく!』
克己の視線に先に負けたのは、先生のほうだった。ぎりぎり歯がみしながら顔をそらす。
『今日のことは、二人のご家族にしっかり伝えますからね! 反省しなさい!』
そうして、『ほら、今日はもう帰りますよ!』と、ほかの子供たちを追い立ててゆく。千春もとぼとぼ後を追おうとしたが。
『……ごめん』
少しだけ落ち込んだ色を含んだ声が、千春を呼び止めた。振り返れば、克己がすまなさそうに眉を垂れて、千春を見つめている。
『お前のだいじなもの、取り戻せなかった』
一緒に遊んだどころか、話したこともほとんどない相手だ。正直、その大きな体が怖くて近づきがたい、と思っていたふしもある。
それなのに今、克己は千春のことを心から案じてくれている。
『こっちこそ、ごめん』
ふるふる首を振り、かぼそい声を息と一緒に吐き出す。
こういうことに関して、父の洋輔は、
『子供のころは大人に心配かけてなんぼだ! くよくよすんな!』
と豪快に笑い飛ばす。その隣で祖母が『まあ、お前の子だしな』とため息をついているのは気づかずに。
だが、おおらかな澤森家とは違って、十河家はきびしいかもしれない。自分ではなく、克己が怒られるのが、とても申し訳ない。
『ごめん』
もう一度言う。すると。
ぽん、と。
千春よりずっと大きな手が頭にのせられ、ぐしゃぐしゃと濡れた髪をかき回す。
『あやまるより、言うことあるだろ?』
なにを求められているのか。はじめは見当がつかなかった千春だが、ある瞬間にふっと思い当たり、その言葉をしどもどと舌に乗せる。
『あ……、ありが、とう。助けてくれて』
軽く頭を下げると。
『そうだよ。それでいいんだ』
明るい声が降ってきたので、即座に顔を上げる。
『オレたち、もう友達だからな!』
そう言って、まぶしい笑顔をはじけさせる克己の姿に、きゅんと胸がしめつけられる思いがした。
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