02 夢

 芳醇な夜のあとにはまどろみが、そして眠りがやってくる。

 その日、沢村は悪夢にうなされた。長年来、彼に取りついている悪夢だった。

 沢村博一は子供だった。若くして、本当に幼いころ死んだので、いつまで経っても彼は子供だった。沢村博二の兄、沢村博一は先天性腐敗症――当時最新のウィルス性遺伝子疾患――に冒され、毎日毎日、身体を腐らせていった。外皮がやられ、指が落ち、内臓が悪臭を放った。


 生まれ落ちたときから未熟児だった。正常な生を否定する病気の烙印が捺されていた。生身のままでは助かる望みがなかった。だから身体改造を受けざるを得なかった。

 沢村が覚えている記憶の中の一番最初の兄は、すでに人間というよりは機械だった。彼専用の部屋を持ち、彼専用の人工義手(マニピュレーター)を持っていた。彼専用の感覚センサーを持ち、彼専用の擬眼を持ち、彼専用の音声発信回路を持っていた。その頑丈な、五メートル四方の部屋を埋めるボディ――生命維持装置――の中で、脳と心だけが、彼本来の持ち物だった。

 もちろん当時――生まれたときから兄がいたので――沢村は兄を自然に感じていた。不自然だと感じる理由がなかったからだ。大学の言語学教授だった父親や、いまはいないがSCNレコードのエンジニアだった母親同様、半機械人、沢村博一は自然だった。

 だが、やがて、それを自然と感じなくなる日が沢村にもやってきた。

 子供とは残酷な生き物だ。純粋であればあるだけ、排他主義に貫かれている。自分と違うものを恐れ、斥け、やがてからかいの対象とする。

「ふーん、おまえのにいさん、キカイなの!」

 幼かった沢村が友人たちとの雑談中、つい口をすべらしたときには遅かった。

「すげえ、おれ、いっぺんみたいな」

 友人の誰かひとりがそういうと、他のみんなも口を揃えた。

「ねえ、いっぺんつれてってよ」

 それから先のことは、あまり思いだしたくない。さすがの沢村も、どこかおかしいと気がついたのだ。たまたま家にいた母親がその子供たちに見せた、まるで怪物でも見るかのような眼差しと、てらてらと光った兄のコンソールに跳びつく幼い友人たちの静止画像。

「すげえ」

「かっこいい」

「さいこー」

 という兄に向けた賛辞の言葉が、彼が喋り、その存在を明らかにしたとたん恐怖に変わったその瞬間。

〈いきている?〉

 彼らが兄に感じた恐怖はそれだった。沢村博一はAIを搭載したパトカーでも、消防車でも、特別急行列車でもなかった。イタリア製のスポーツカーでも、ハウスロボットでも、テディベアでさえなかったのだ! 

 その事実上の違いは、おそらく大人にはわかるまい。そして、一度、それを経験してしまったあとの子供にも……

 もちろん、彼らは優しかった。沢村をいたわり、そして彼の兄をいたわった。

 だがそれは、まったくの子供だった沢村にとって、忘れることのできない出来事となったのだ。

「ようこそ、ぼくのともだち!」

 普通の人間の子供となんら変わるところのない沢村博一のその歓迎のひと声が、幼い子供たちを恐怖のどん底に陥れたというその事実が!

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