第七話 ファーストキス

 第二理科室でゆーりぃの発信機の反応が止まっていることに、嫌な予感しかしない。


 なにせ第二理科室は、今やたったの一名となったアイドルユニット【✟カルト✟】の根城となっている場所だからだ。


 【✟カルト✟】のリーダーであるMESIAメシアは、舞台上でリストカットする派手な演出が人々を魅了するアイドル。

 彼女の血みどろなステージは、熱狂的なファンが多く、【✟カルト✟】のステージにおいて、彼女は女神であり、ファンは敬虔な信徒なのだ。

 一説によると、SNSで繋がったファンと心中騒ぎを起こし、実際に何人か殺してしまっているらしい。要は、刹那主義者で片付けるにはとんでもない悪党なのだ。


 学園がこのデスゲームを機に粛清したい『魔女』の中に、間違いなく彼女は含まれるだろう。


(だったら早めに、片付けてやるよ……!)


 僕は、こにゃたんをすぐ近くの廊下で待機させ、学園のお望み通り、第二理科室の扉を開いた。


 開けた瞬間、実験器具が散在する机上に人骨――骨格標本が横たわっているのが見えた。その中に――奴は、眠っていた。


 骨格の胸骨部分から緋色の瞳を輝かせて、新しい獲物が来るのを待っていたのは――MESIAメシア様だった。


「あららぁ? こねね? あなた、こねねなの? 本当の本当にこねね?」


(あれが、生MESIAメシア――!)


 なんていう美貌だ。艶やかな薄紫の髪は湿地に咲くシャガを思わせ、宝石のような紅の瞳が、僕という獲物を捕らえて離さない。


 まるで蛇に睨まれた蛙。

 その人形ドールのような芸術的な美しさに、僕の身体は動けなくなる。

 そうして、そのまま心まで囚われてしまいそうになる。


 MESIAメシアは耳がよく、勘も鋭い。声を発したら、僕がこにゃたんではないと気づかれるかもしれない。

 会話は不要だ。


 それになにより、リストカットをした反動でハイになったMESIAメシアは、どうしようもなくキレッキレになるのだ。

 その、絡繰り人形も顔負けな完璧なダンスが人々を惹きつけ、まるで精緻なガラス細工に見惚れるように、彼女を焦がれてやまない女神に仕立て上げる。それくらいの脆さと美しさ、素早さと身体能力を持つ彼女を、本調子にさせるわけにはいかない。


 ――そうなる前に、倒す。


(先手必勝――!)


 みぞおちを狙って拳を構えるも、視界が一瞬にして紅に染まる。

 ――返り血だ。


 ――まさか。ここまでリストカットに躊躇がないとは……!


(くそっ、やられた……!)


「あはははは! 死ね! 死ね、死ね! このわたくしにその血を捧げろ、猫峯こねねぇえ!!」


 ハイになったMESIAメシアを生で見るのは初めてだ。

 まさか、ここまで速いとは。僕を上回る身体能力の持ち主だと……!?


(くそ、こうなったら……!)


 僕も、覚悟を決めるしかない。

 なにせここは戦場で、一秒の躊躇がこにゃたんの危機に繋がるのだから。

 もう、を使うしか……!


 できるだけ、使いたくはなかったのだけど。

 奴の虚をつくには、悔しいけれど、これが一番有効だ……


 僕は、こにゃたんに化けていることも忘れて、思わず本音で叫んでしまった。


「くっそぉおおおお……!」


 僕はMESIAメシアの胸ぐらをつかみ、頭突きをくらわせる勢いでキスをした。


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