パラレルリーブ22

戯男

パラレルリーブ22

「本日は我が社をご利用いただきありがとうございます」

「あ、どうも……よろしくお願いします」

「サービス内容についてはご存知ですか?」

「なんとなくは……」

「そうですか。では簡単にご説明させていただきます。我が社では並行宇宙間の物質転送技術を応用しまして、別世界に多数存在するお客様の頭髪から少量ずつ髪を集めて植毛するという、画期的なサービスを行っているのであります」

「……なるほど」

「絶賛特許申請中であります」

「なるほど」

「世界線が異なるとはいえ、そもそもお客様自身の髪の毛なわけですから、肉体への定着もすみやかで、仕上がりもごくごく自然なものになるというわけです」

「あ……ちょっと質問いいですか?」

「なんでしょう」

「その、理屈はわかったんですけど、要は髪の毛を奪い取ってくるってことでしょう?そんなことをしたら、そっちの世界の僕が、その、なんていうか……」

「ハゲることになるのではないかと」

「……まあそういうことです」

「お客様。ご心配は不要です。なぜなら並行世界は理論上無限に存在するからです。お客様。人間の頭皮には一体どれだけの毛穴があるかご存知ですか」

「知らないですけど」

「およそ十万本です。十万本。つまり、十万の並行宇宙からたった一本ずつ毛をもらってくるだけで、お客様のそのツルッパゲはフサフサ頭になるわけです」

「……なるほど」

「そしてお客様。我がパラレルリーブ22の頭髪転送サービスでは、隣接する十五万世界からの転送までなら定額料金。仮に十万で足りなかったとしても、さらにもう五万本も追加できるわけです。五万本ですよ?何ならヒゲとモミアゲを繋げていただくことだってできるのです」

「いや……それは別にいいですけど」

「それにお客様。こういう言い方は少々問題があるかもしれませんが……ねえ。別に並行世界のお客様がどうなろうが、そんなの知ったこっちゃないじゃないですか」

「……え?」

「だって考えてもみてください。そっちの世界のお客様は、確かにお客様と同じように見えるかもしれません。でも、それは明確に別人なわけです。だって世界が違うんですから。この世界とその世界が交わることは決してない。しかもそんな世界は無限に存在しているわけですよ。仮にそのうちひとつの世界でお客様が丸ハゲになろうが、こちらの世界のお客様には何の関係もない。逆もまたしかり。だったらそんなの、存在しないのと同じことでしょう?」

「それは……そうかもしれませんけど」

「じゃあどうだっていいじゃないですか。お客様にとってはこの世界こそが全てなんだから。この世界のお客様だけが、お客様にとっての自分自身なんだから」

「……」

「でもまあ、それはさすがに色々問題がありますので、だからさっき申し上げたような形になっているのであります。各世界から一本ずつ。お客様。一日に一体何本の髪が抜け落ちているかご存知ですか?百本ですよ。百本!それが百一本になったところで気が付きますか?気付くはずがありませんよ。たったそれだけのことで、お客様はフッサフサになれるわけです」

「……なるほど」

「では、いよいよこれから施術に入りますが、何か他にお聞きになっておきたいことはございますか?」

「いえ……お願いします」


   ※


「ではこれから植毛の方を始めます。お客様はそのまま、横になった姿勢でゆっくりなさっててください。あ、何か雑誌とか読まれます?」

「いえ、大丈夫です。始めてください」

「はい。では……はい、準備完了です。効果を実感していただくために、まずは五万単位から始めますね。五万の並行世界から一本ずつ。フフフ……お客様。驚かないでくださいよ」

「は、はい」

「この光をね、フフ。一瞬ですよお客様。ピカ!フサ!ですよお客様」

「はい」

「では行きます……行きますよ……はい!」

「……!」

「……?」

「……生え……てませんが?」

「あれ?おかしいですね。ちょっと待ってくださいね。機械の調子が悪いのかな?いや……。あ……。あー。なるほど。なるほどですお客様」

「ど、どうしたんですか」

「あのですね。転送機自体には問題はなかったんですがね。驚かないでくださいね?その、端的に言うとですね。髪を持ってこようにも、五万の並行世界のお客様の頭皮もですね。要はその……お客様と同じような状況であったと。そういうわけです」

「……といいますと」

「全員ハゲだったわけですね。持ってこようにもそもそも毛がなかったわけです」

「…………」

「……あ、安心してくださいお客様!そのための定額サービスでございます。ええ。では次は一気に広げて、どどんと十五万世界までやっちゃいましょう!行きますよ。今度こそですからね!ピカ!モササ!ですよお客様。……はいっ!」

「…………」

「…………」

「……うっ」

「な、泣かないでお客様!……あれえ?おっかしいなあ?そんなはずは……うーん……」

「うっ……いいんです。いいんですよ……よくわかりました。結局僕はハゲる運命だったってことですね。どんなに世界が枝分かれしようと、やっぱり僕はハゲるんです……」

「……わかりましたお客様。最後の手段です。単世界大口直通便を使いましょう」

「……なんですかそれは」

「ふふふ。特別ですよ。さきほど説明した通り、基本的に私どもはできるだけ多数の世界からの転送を行うことで、個々の世界への影響が最低限に留まるようにしています。ですがそうすると今回のように十分な供給元が確保できない場合には、どうしてもその母数を増やさざるを得ません」

「……なるほど?」

「しかしお客様の場合、一つの世界から髪を一本ずつ集めて十万本揃えようと思ったら、それこそ天文学的な数の世界からかき集めてくる必要があるでしょう。そうなるとさすがに定額サービスでは賄いきれません。ですが転送元を一つにすれば?そう、たった一つ!たった一つだけ、お客様がフサフサの世界を見つけることさえできれば、あとはそれを丸ごとこっちに転送して来ればいいわけですよ!大丈夫です。いくらお客様がハゲの星の下に生まれた宿命ハゲだったとしても、どこかにはきっとフサフサの世界も存在してるはずです。きっと。たぶん。おそらく!」

「……でもそれって、じゃあその世界にいる僕は……」

「はい。ツルッパゲです。でも、さっき言ったでしょう?並行世界のお客様はお客様でありながらお客様ではないのです。いや、仮にお客様だったとしましょう。だったらむしろなおさらじゃないですか!お客様の苦しみはお客様の苦しみ!そしてお客様の喜びはお客様の喜びなのです!わかりますか!」

「……はあ」

「ではいきますよ。そうですね、とりあえず千二百億世界くらいまでサーチしてみましょうか。それだけ探せばフサフサのお客様だっているでしょう。いるはずです」

「…………」

「七兆世界まで広げますね」

「……うっ」

「あーっ!いました!いましたよお客様!フサフサです!フサフサのお客様が!へっへっへ……手間かけさせやがって。しかしどうしたんですかね。他が全部ハゲなのにこのお客様だけこんな。こうなるとむしろ何か問題がある世界なんじゃないかと疑ってしまいますね。大丈夫なんでしょうか。やっぱやめときます?」

「そ、そんな、せっかく見つけたんですから。お願いします」

「そうですか?わかりました。じゃあやりますが……いいんですね?この並行世界のお客様がツルッパゲになっても。こちらのお客様がフサる代わりにあちらの世界のお客様が丸ハゲになっても、それで本当にいいんですね?並行世界の自分を踏み台にしてでも自分の見かけを優先させるのだと、そうおっしゃるんですね?」

「今更何を言うんですか!」

「わかりました。では行きますよ。はい!」

「……う、うわあ!」


   ※


「スタイリングはお済みになりましたか。お客様」

「はい。シャワーまで借りちゃって、ありがとうございます」

「コースに含まれたサービスです。いかがでしたか。久々のドライヤーは」

「いやあ、むしろ増え過ぎちゃって鬱陶しいくらいですね。おっと前髪が……」

「お気に召されたようでなによりです」

「本当にお世話になりました。それであの……料金なんですが」

「はい。先に頂戴しました分で結構でございますよ」

「え?でもこれって結局単世界……なんとかだったじゃないですか。その分は」

「ああ。それならご心配なく。単世界大口直通便ご利用の場合は自動的に、他世界との共有契約に加入して戴くことになっておりますので」

「……なんですそれは?」

「いやあ、どこの世界で発明されたのか知りませんけど、変なことを思いつくやつがいるもんですね。……まあ要するにね。お客様のやったことと同じですよ。例えばどっかの並行世界に、胃を悪くしたお客様がいるとします。もう治る見込みはない。そこでその胃を、お客様の胃と取り変えっこしちゃうわけです。こちらのお客様の胃は何も問題ないわけですからね。自分の胃袋だから拒絶反応なんかもないしこりゃ便利、って」

「……え?」

「本来は許されてないんですけどね。倫理的に。でもそこはほら、商売ですから。見合った対価と引き換えならとか、条件付きで許可される場合もあるんですよ。お客様みたいに、すでに他の世界から大口転移を受けた場合なんかも」

「……ちょっと待ってくださいよ」

「お客様の場合、そうですね……。今のところ腎臓と大腿骨と心臓のパラレルドナー要請が来てますね。特に心臓はなる早ってことで。ご心配はいりません。さっきの施術と同じです。ピカ!で終わりますから。この後すぐとかどうですか?なにしろ待っている人がいるんですからね。並行世界の自分とはいえ、困ってる人をこれ以上待たせちゃいけません。大丈夫ですよ。交換といっても結局はお客様なんですから。さっきも申しましたでしょう?お客様の苦しみはお客様の苦しみ。そして、お客様の喜びはお客様の喜びなのです。——わかりますよね?」

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パラレルリーブ22 戯男 @tawareo

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