メスガキ降臨



「ここまで来りゃ大丈夫だろ」

「う、うん……。あっ、ご、ごめんね。私なんかが手を握っちゃって……」

「い、いや、俺の方こそすまん。あ、汗、大丈夫だったか?」

「温かくてさらさらしてたよ」

「そ、そっか」


 教室がある階の廊下まで走ってしまった。結構な速度だったけど、俺たちは息切れもしていない。

 葛之葉体力あるんだな。

 葛之葉の見た目は華奢だ。だが、インナーマッスルの強さは服の上からでもわかる。

 身長は俺よりも少し低いくらいだ。ということは女子にしてはかなり高い。


「な、なんだか恥ずかしいね」

「お、おう、先週まではこんな風になるとは思わなかったぜ」


 しばしの沈黙。それさえも心地よく感じる。これが気が合うって事なのか。


「あっ! 滝沢先輩がエッチな顔でキレイな人見てる! 可憐ちゃん、あれいいの?」


「え、あ、そ、そうね。べ、別にあいつが誰かと手を繋いでも私には関係ないもん……」


 なんとも面倒な奴とばったり出くわした。

 可憐とその妹である愛梨。

 可憐は非常にツンツンしている女の子だ。愛梨はまた違った面倒さを持っている。なんというか、馬鹿にしてるのとはまた違う。邪気が無く俺で遊んでいる感じだ。


 葛之葉が俺の後ろに隠れる。やっぱ女子が怖いんだな。


「別にいちゃいちゃしてねえよ。てかお前ら何してんだよ」

「あれれ、先輩反抗的ね? いつもみたいにパンツ覗いて『はぁはぁ』しないんっすか?」

「そんな事しねえよ! 葛之葉が勘違いするだろ」


 葛之葉が小声でつぶやく。

「う、嘘の匂いがするから大丈夫」


 ああ、人の嘘がわかる系か。なら誤解されなくて済むから安心だ。


「はぁ〜、先輩のせいで可憐ちゃんが元気ないっすよ。ったく、何したんすか? 可憐ちゃん全然話してくれないっす」

「え? 別にいつも通りだろ? てか、こいつがわけわかんねえこと言ったんだよ」


 愛梨が顎をくいっとあげて話を続けろという合図を出す。非常にしゃくに触る態度だ……。ていうか、見た目ロリっ子なのに、なんか年上感があるんだよな。


「なんか異世界と可憐、どっちを取るかって聞かれたんだよ。可憐を取ったら付き合うだのなんだの冗談言われてな」


 可憐はうつむいたまま何も喋れない。いつもだったら喚き散らすのにな。


「へ……? ちょ、マジっすか? か、可憐ちゃん……、超メンヘラじゃん。そういう事はちゃんと私と相談してから……」

「なんだ? どういう事だ?」

「べ、別に先輩には関係ないっす! ……先輩、可憐ちゃんに友達じゃないって言ったんすか? それはちょっとひどいっすよ」

「え、ちょい待てよ。あいつが中学の時に俺に『あいつは元友達』って言ったんだぜ? それにモサくてダサくてキモい男って言われて……。くそ、自分で言って悲しくなってきたぜ」


 愛梨が腕を組んで考えている。……あの教室入りてえんだけど。


「というと、中学の頃から先輩は可憐ちゃんの事を『元友達』と認識してたっすか?」 

「ああ」

「……可憐ちゃんは嫌いっすか? それとも子供の時から変わらない?」

「あーー、中学の頃から可憐への感情値は変わらねえよ。ていうか、この前みたいな事何回かあっただろ。――別に嫌いじゃねえよ。異世界に行く準備の邪魔しなけりゃ」

「へ? それって別に普通に話しかけても大丈夫ってことっすか?」

「あん? 前からそうだっただろ。異世界の事を笑い者にしなきゃ別に構わねえよ」


 そう、あんな事は何度も繰り返していた。可憐の嘘の謝罪の繰り返し。優しくなったり馬鹿にしたり。

 でもそれじゃあ駄目なんだ。

 だから俺は今朝、本気で言葉を響を通して可憐に言葉をぶつけたんだ。


 俯いていた可憐が顔を上げた。目から涙をこぼしていた。この前みたいな嘘泣きじゃない。悲しい涙じゃない。可憐とは長い付き合いだ。嘘がよく分かる。


「ひぐ、べ、別に、あんたのことなんて、す、好きじゃないもん! ひぐ、か、勘違いしないでよ! こ、これからはもっとかまってあげるわよ! ふ、ふん、異世界ノートの件……馬鹿にしてた事は……わ、悪かったわ!」


 愛梨が可憐の肩にぽんと手を置く。


「あーー、可憐ちゃん。よくわからないけど良かったっすね……。感情値が変わらないって……眼中にないって事だけどね。うし、あたしはもう行くっす! 先輩、パンツ覗かないで下さいね!」


 愛梨が風のように去っていった。その後ろ姿は盗賊を思い起こす。

 俺と葛之葉、そして可憐の三人がお互いの顔を見合わせる。


「……わ、わたし、とりあえず色々考えたいから、先に教室入ってるね。滝沢……、その、あ、ありがとう」


 可憐が先に教室に入っていった。

 葛之葉がひょこりと顔を後ろから出す。


「……ツンデレって初めて見たよ。すごいね」

「ツンデレか……。ていうか、俺嫌いって言われてたんだぜ?」

「うん、私も恋愛ってよくわかんないよ」

「俺たちも教室入ろうぜ」

「うん!」


 教室に入ると雰囲気がいつもと違った。今朝の俺のせいだと思ったが違う。

 ちなみにクラスメイトで俺に話しかけてくる奴は誰もいなかった。

 すでに午後の授業が始まる時間だ。数学の授業は担任が受け持っている。俺は先生から怒られると思った。だが――





「お前らで最後だ。ん? ああ、やっと来たか。滝沢、久しぶりだな。おお、葛之葉も一緒のクラスか。名前でそうだと思ったが」


 教壇に立つ超絶ナイスバディの美魔女。俺の古い知り合いであり、海外にいるはずの人――

 ていうか、葛之葉と知り合い? マジで?

 葛之葉は恥ずかしそうに会釈をして自分の席へと戻った。


「ちょ、冴子さえこさん何やってんだよ⁉」

「ん? ああ、先週末で学校の経営が変わってな。私の知り合いが理事長になった。まあ気にするな。こいつみたいに卑劣なやつはブタ箱にぶちこんでやるよ」


 よく見ると元担任の先生が正座で土下座をしていた。……色々変な噂があった人だからな。女子生徒を盗撮してるとか更衣室を覗いたとか。

 冴子さんの部下らしき人が元担任を引きずって教室から出ていった。いや、部下を引き連れて授業すんなって……。どこから出てきたんだっての……。


「え、っと、席に座っていいかな?」

「早く座れ、授業を始める前に学校の新体制を説明する。といっても以前とそんなに変わるわけではない。……お前随分と小綺麗になったな」

「イメチェンだっての。まって、冴子さんが来てるならボブたちも来てんのか?」

「ボブか……、あいつは、その……、まだあそこにいる」

「そっか……、ヨロシク言っておいてくれ」


 教室がざわめいている。

「た、滝沢が普通に話してるぞ」

「あいつイケメンだけど喋れねえんじゃなかったのか?」

「てか、冴子先生美人過ぎんだろ」

「なんだよ、冴子先生とも仲良くしやがって……」


 冴子さんが教壇の机を強く叩いた――


「もう授業の時間だ。無駄な私語は慎め」


 こうして冴子さんの説明が始まったのであった。




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