友だちから


 冴子さんの説明は端的でかつわかりやすい。

 経営陣が変わったからと言って俺達の学校生活に変化はない。行事が少し増えて、一部の先生が変わっただけだ。


 授業も恐ろしくわかりやすくなり、生徒は必死に冴子さんの授業を受けていた。

 冴子さんプレッシャーあるからな。


「来週は避難訓練があるからな。真面目に迅速に行動しろ。このクラスに問題が起きたらその時は覚悟しろ。帰りのHRはこれで終わりだ。迅速に帰れ」


 クラスメイトたちは本能で返事をする。

 冴子さんは満足そうに頷き教室を出ていったのであった。


 冴子さん、本名は知らない。

 俺がロンドンにある遺跡の調査をしに行った時に出会った美魔女だ。

 色々あって、冴子さんは負傷して俺がかばいながら修羅場を乗り切った。懐かしい、ほんの一年前の話だ。


 冴子さんが出ていった教室は弛緩していた。

 クラスメイトたちは自分のカバンを手に取り教室を出ていく。


「超疲れたな……。カラオケやめっか?」

「ああ、今日は明日の予習しなきゃな」

「てか、テストまで後一ヶ月だろ? 勉強すっか」

「春の大運動かいもあるんだろ。あれだるいんだよな」

「ちょ、マック行こうぜ」

「金ねえよ。コンビニでコーヒー買ってだべろうぜ」


 今日は葛之葉とファミレスに行くんだ。

 ……ど、どうすればいいんだ? 葛之葉と話すのは慣れた。だが、こういう場合は教室から一緒に行った方がいいのか? 声をかけて迷惑にならないか?

 些細なことが気になってしまう……。


 葛之葉の方を見ると流星が話しかけていた。

 葛之葉は困った顔をしていた。

 俺は何も考えずにそちらへと足が向かっていた。


「……わ、わたし、し、知りません」

「そっか、邪魔してごめんね。あっ、滝沢、丁度良かった。聞きたいことがあったんだよ」


 流星は顔を赤らめていた。んだこいつ? もしかして、葛之葉の魅力に気がついたのか?


「な、なんだ? い、異世界のこと、聞きたいのか?」


 以前よりも言葉がスムーズに出た。これもサウナストーンに喋りかける練習の成果だろう。


「いやいや、違うよ、その、冴子先生のことなんだけどさ……」

「冴子さん?」

「やっぱり滝沢は知り合いなんだな! あ、あのさ、笑わずに聞いて欲しいんだ。俺、冴子先生に一目惚れしちゃったんだ……」

「え? マジ?」


 流星の爽やかな笑顔が眩しい……、マジでイケメンだな。

 いや、なんだかおかしな展開だ。「学校で一番のイケメンがなんであの人に惚れるんだ。いや、冴子さんはキレイだけど超ドSでアラフォーだぞ。絶対幸せになれねえよ」


「滝沢? あのさ、心の声が漏れてるぞ……。そっか、ドSなのか。むしろ超好みだ。滝沢、俺に冴子先生のこと教えてくれよ! 頼む、何でもする!」


「わ、わりい、声が、出てたな、あははっ……、と、いうか、可憐のこと、好きなんだろ?」


 俺も風の噂で聞いただけだ。流星が可憐に告白したことを。俺がトラックに轢かれそうになる前にも可憐はそのことを言っていたような気がする。


「え? 俺、可憐のことはただの友達としか思ってないよ。若すぎるよ」

「へ? ま、マジ?」

「ああ、本当だ。俺は美熟女好きだから、へへ。なにかの間違えだろ? あいつはお前のこと――」


 俺はしばし考えて身支度をしている可憐を見る。

 可憐は苦笑いをして顔を背けるのであった。

 まあ、可憐は昔から嘘つきだから仕方ない。ったく、嘘は癖になるからやめさせなきゃな。


「可憐、嘘ついたらお仕置きするぞ」


「ご、ごめん、もう嘘付かないわよ!」


 可憐は魂が抜けている響を引っ張って教室を出ていくのであった。


「お仕置きか……、ふふ、どんなのだろう」

「や、流星? お、俺帰っていいか」


 まだ帰っていないクラスの女子の視線が痛い。……悪意というよりも変な質の視線だ。

「……やばくね?」

「流星君超ショック……」

「ていうか、あの二人お似合いじゃん」

「どっちが受けなんだろ〜」

「いやいや、流星君でしょ!」


 クラスメイトの戯言は無視だ。

 葛之葉が困った顔で俺と待っている。

 俺はぎこちないながらも流星に自分の意志を伝える。


「で、冴子先生の事だけど――」

「す、すまん。また今度にしてくれ。きょ、今日は、葛之葉と、お出かけするんだ。すごく楽しみ、なんだ。だから、邪魔するやつは――」


 流星は俺の葛之葉の顔を交互に見る。


「あっ、ごめんね! そっか……、滝沢も仲良しの友達ができたんだね! 俺嬉しいよ! じゃあまたね、デート楽しんでね! 俺、職員室行ってくるよ!」


 流星は俺にハグをしてから教室を出ていった。

 俺は硬直したまま動けなかった。


「……葛之葉、リア充、怖えよ」

「う、うん、距離感がバグってるね。あれ、異世界行ったら絶対勇者でしょ」




 *****



 ファミレスの席に座ると落ち着く。なんでだろ? 考え事や異世界ノートを書く時はファミレスが多い。

 一人よりも二人だとより一層楽しい気分になれる。


「――というわけで、異世界ノートには異世界に行くための公式も書いてるんだ。色んな遺跡や組織からの情報を俺がまとめて研究したもんでな。今の現代技術だと相当な犠牲を払わないと異世界に行けねえんだよ」


「え? い、異世界に行ける公式なんてあるの⁉」

「ああ、理論上は間違ってねえはずだ」

「す、すごいね。でも犠牲って?」

「この世界には魔力なんてものはねえ。だけど、神秘的な力は沢山あるんだ。その力を増幅させるために人類の半数を犠牲にして召喚装置を作動させるんだ」

「……や、それは駄目だね」

「ああ、そんなもの未完成の欠陥召喚だ。俺は何も犠牲にせず、普通に異世界に行きてえよ」


 ゲームの話しから始まり、昨今のラノベ事情の意見を出し合い、異世界に行けたら何をしたい、という話からどうすれば異世界に行けるのか? という流れになった。


 葛之葉はオレンジジュースとおやつのミラノ風ドリアをつまんでいる。


「葛之葉だってすげえじゃねえかよ。親父さんから受け継いた医術を使えるんだろ?」

「あ、あはは、違法だけどね。……だけど、違法でも助けなきゃいけない命があるんだよ」


 そういった時の葛之葉の目が強く輝いていた。眩しくてすごくキレイだ。

 そういえば風の噂で聞いたことがある。紛争地域を渡り歩く伝説の医療団。その中でも「K」と呼ばれる凄腕の医者がいるって。大きなマントの中には医療器具を忍ばせて――

 ……まさかな。男だって話だし、もう解散したって聞いた。


『最高の医術は魔法と変わらない』誰の言葉だっけ? 


「てか、葛之葉は向こうに行ったら初めに何したい?」

「獣人と戯れたい」

「俺もだ」


 俺と葛之葉の視線が合う。そしてハイタッチをする。


「私もね、この世界の神秘を突き詰めたら異世界に行ける道が開けるんじゃないかって思ったんだ」

「だから魔術の基礎である古代ギリシャ語の習得か」

「うん、なんで魔術なんてものが、魔女なんてものが世界で広がったかわかんないんだもん」

「不思議な生き物も沢山いるしな。それに宇宙人だっているかも知れねえ。アメリカで変な生き物に出会ったしな」

「ふふ、滝沢はすごいね。異世界に行くためならどんなことでもしそう」


 葛之葉の声は少しだけ暗くなっていた。

 俺には理由がわからない。昔の俺だったら何もわからないままでやり過ごしていた。

 でも、今は違うんだ。


「どうした? なんか嫌なことでもあったのか?」

「ううん、違うの。いま、この時間がすごく楽しいよ。でもさ、本当に異世界に行けるか不安で……。だって、みんなバカにするんだもん。アーレも子供のころは一緒になってはしゃいでいたのに……」


 なるほど、葛之葉の気持ちはよく分かる。俺達は異端だ。他人には理解できない行動をしている。

 学校は休みがちで、神秘を探求し、経済界を引っ掻き回し、中国の奥地のマスター(害老師)どもを蹴散らした。


 俺は葛之葉に優しく微笑んだ。こんな風に笑うのって久しぶりだな。


「なあ、葛之葉。飛行機って当たり前だろ?」

「う、うん、そりゃそうだよ」

「月にも行けるだろ? 深海にも足を踏み入れてんだろ? ドローンだってあるだろ?」

「滝沢?」


「この現代では普通のことが昔は普通じゃなかった。空なんか飛べねえ。月に行くって行ったらキチガイかと思われた。地動説を信じていた。今の技術は過去の人間にとって魔法と変わらねえ」


 なんでこんな話をしているか自分でも理解できない。自分自身に言い聞かせているみたいだ。


「いつの時代も開拓しようとしている奴らは周りから馬鹿にされていた。みんな挫けなかったから道が開けたんだよ。だから――」


 俺はいつの間にか葛之葉の手を取っていた。葛之葉の瞳に吸い込まれそうになる。



「信じられなくてもいい。隣に信じてくれる人がいるんだから――。なあ、一緒に異世界、行こうぜ」


 葛之葉の瞳に違う色が宿る。それは勘違いでなけれあ闘志の灯火にも見える。

 握っている手が熱く感じる。


「うんっ。私、決めたよ。――滝沢と一緒に異世界に行きたい。だから、私のこと信じて」


 時間にして数秒、なのに長い時間に感じられる。

 この時、俺の魂に葛之葉の色が刻まれた――


「あ、あひゃ⁉ こ、これ以上は恥ずかし! え、えっと、お、お友達からで、いいのかな? (プロポーズ、恥ずかし……)」


「お、おう、すまねえ、熱くなっちまった。と、友達。ああ、友達からで頼む!」


 頭の中で「友達から?」 となにか違和感があるようなないような……、とにかく俺と葛之葉は友達になったのであった。


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