のんびり
「ねえねえ、さっきは大丈夫だったの?」
葛之葉が俺の顔を覗き込む。今は休みの時間。俺と葛之葉は中庭で昼食を食べている。
葛之葉は可愛らしいお弁当箱が三段積み重なっていた。マイペースにもぐもぐと食べている。
「まあ大丈夫だろ。なんていうんだろうな、積み重なった色んなものを吐き出しちゃったっていうか……」
「うん、無理しないでね。あっ、唐揚げ食べる?」
「レモンはかかってないか?」
「私は無し派かな」
「目玉焼きには――」
「「醤油」」
「玉子焼きは――」
「「甘め」」
俺と葛之葉は無言でハイタッチをした。
なんとも趣味が合うことだ。
「滝沢のお弁当箱、すごいね。流石に私も五段はたべられないかな」
「生きてるとエネルギー使うからな」
中庭には生徒が多い。だが、俺達に近づいてくる者はいない。俺は異世界モードを継続しているからだ。威圧が人を遠ざける。遠目で見られているが気にしなければ問題ない。
そんな事より――
俺はスマホを取り出した。
「な、なあ、メッセージアプリ、俺と交換しないか?」
美魔女というイメージで葛之葉と接しているから緊張はしない。なのに、手に汗が出る……。
「う、うん、わ、私も交換したかったから……。えへへ、う、嬉しいな」
「あ、ああ、俺も嬉しい……」
俺と葛之葉はスマホをふるふるした。こうすると交換が簡単にできるってネットで書いてあった。
ピコンと通知音がなる。
「あっ」「あっ……」
俺のスマホからは可憐からの大量のメッセージ通知。
葛之葉も『お兄ちゃん(バカ)』という差出人からの通知が大量にあった。
俺達は顔を見合わせる。葛之葉が先に口を開く。
「あのね、ちょっと面倒なお兄ちゃんでね……。私が異世界に行きたいって事を馬鹿にしたり絡んできたり……」
「なんだ、俺と一緒か。そっか、葛之葉も色々あるんだな」
現実逃避が目的で異世界に行きたいわけじゃない。まだ葛之葉の話はちゃんと聞いてないが、こいつの異世界計画はガチだ。
ただ、俺と同じで同年代の人と接するのが苦手なだけで、それを直したいんだよな。
「葛之葉、あのさ……、きょ、今日の放課後――」
「滝沢とファミレス行きたいな……、あっ、ご、ごめん、聞いてなかった」
なんだか心が嬉しくなる。勇気が湧いてくる。仲間ができるってこんな感じなんだ。
……可憐と響。元友達だと言われた女の子たち。
傷つけてしまったと思う。だけど、あれは必要な事だ。俺達の今の関係は歪だ。ちゃんと二人と向き合う。
だから今は葛之葉との昼食を楽しもう。
「放課後、ファミレスで異世界談義しようぜ!」
「うん! その時わたしの事も色々話すよ!」
と、その時誰かが近づいてきた。
見たことない顔だった。俺は全校生徒の顔を覚えている。いつ何時、学校全部が異世界転移する時のために、だ。
そんな俺が覚えていない顔。きっと噂の転校生だろう。
黒髪褐色でエキゾチックな顔立ちだ。随分とキレイな男子……? 女の子なのか? わからねえよ。それに絶対高校生じゃねえだろ?
感覚でわかる明らかに年増だ。
「あれ? ア、アーヤちゃん? え、どうしたの? なんでうちの制服着てるの?」
「はっ? 知り合いか?」
「う、うん、お父さんの医療団で紛争地帯回っていた時に知り合った男の娘だよ」
「……へぇー」
なるほど、俺の異世界モードが通用しないわけだ。紛争地帯で出会う男? が普通なわけない。
アーヤというイケメンを見ると隠れている筋肉がすごい。重心がほんの少しズレているが、隙のない立ち姿だ。
『葉月、ひさしぶり。会いたかった』
『あ、う、うん。そ、そうだね……』
『あっ、すまない、日本語で喋ろう。ここは日本だ』
途中からアラビア語から日本語に切り替わった。
……というか、葛之葉、うまく喋れてねえな。苦手な奴なのかな……。
「なんてことはない、葉月から日本の事を聞いて、日本に住んでみたかっただけだ。ここに入学して葉月と出会ったのも偶然だ」
「う、うん……。そうだね……絶対嘘だよね……」
いや、絶対そんな事ねえだろ! そんな偶然ねえよ!
というか、俺の動きを警戒してんだろ。お前ナニモンだよ……。
「ところで葉月、この男は?」
「あっ、ク、クラスメイトの滝沢君だよ! え、えっと、と、と、友だ……仲間になったんだ!」
もしかして、葛之葉は俺の事友達って言おうとしたのか? ……なんか照れるな。
アーヤは俺を鋭い視線で射抜く。俺なんか嫌われる事したのか?
「ふんっ、軟弱そうな男だな。俺はアーヤ、17歳だ。そう、17歳だ。女子高生をしている」
「いや、絶対17歳じゃねえだろ! どっからどう見ても二十五歳過ぎてんだろ! ていうか、怪しすぎんだよ! てめえ男か女かはっきりしろや!」
「下民が喚くな。俺は少しばかりカッコいい女だ。恋愛対象は女の子だ。それに俺は17歳のぴちぴちの女子高生だ。それだけは絶対忘れるな」
あっ、俺が普通に喋れる。てことは年齢偽ってんじゃねえかよ。面倒だからスルーするか……。
アーヤは俺に興味をなくしたのか、葛之葉に熱い視線を向ける。視線が葉月に貸していた異世界ノートに向けられていた。
「……葉月、君はまだ馬鹿な事をしてるのか? 異世界なんて存在しない。現実を見ろ」
「う、うん、そう、だね……」
「君は優秀な人材なんだから、将来はうちの王宮で働くといい。そ、それに俺と結婚したら王族だから、異世界のような暮らしができる」
「や、それは、ちょっと……困る」
「なぜだ? どうすれば異世界にいくことを諦めてくれるんだ? 俺は――」
俺はベンチから立ち上がる。葉月を守るようにアーヤとの間に入った。アーヤとの距離は5センチもない。すぐ触れ合う距離。
「あ……」
まだ出会って累計数時間しか経ってねえけど、葛之葉は俺の……仲間だ。
「葛之葉が困ってるだろ。自分の教室に帰れ。異世界馬鹿にすんじゃねえぞ」
「……あ、ちょ、きょ、距離近すぎる。も、もう少し俺から離れるんだ。……こ、こんな風に男性から迫られたら……恥ずかしい」
「あ、わ、わりい。男っぽいから女だと思わなかった。……このくらいでいいか?」
「う、うん、それなら大丈夫だ。――ごほん、君は一体何者なんだ? この俺が動きを認識できなかった」
「俺は滝沢……葛之葉の……と、とも……だちだ」
本当に人との関わりは面倒だ。それでも俺は前に進むと決めた。葛之葉という仲間ができて、きっと友達になれると思ったんだ。
だから、葛之葉が嫌がっている顔を見たくない。
その時、手のひらに柔らかいなにかが触れた。
「滝沢、行こ!」
「お、おう!」
俺たちはアーヤを置いて走り出す。
「は、葉月! に、逃げてばかりでは駄目だ! 現実にちゃんと向き合うんだ! 俺は――」
アーヤが追いかけてくる気配はない。
それでも走り続ける。
俺は自分の選択が間違っていなかったか心配になる。
もしかしたら葛之葉もアーヤと仲良くなりたかったのかも知れない。
人の心を見ることはできない。考えを予測する事しかできない。
小さな呟きが聞こえてきた――
「……ま、守ってくれて、ありがと。そ、それに、と、友達、嬉し……」
葛之葉が初めて出会った時のようにカタコトになる。
自分の顔が真っ赤になっていくのがわかった。
おかしい、なんかラブコメっぽい世界に迷い込んだみたいだ……。
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