もう遅い
「知ってる? 同じ時期に転校生が十人も来たんだって! あっ、イケメン……」
「なんか随分老け顔なんだよね。……わぁ……あんな人学校にいたっけ?」
「転校生は美形の外国人が多いらしいよ! あの人たちも転校生かな?」
RPGの村人よろしく昇降口にいた女子生徒グループから情報が入った。そんなに転校生っていきなり来るもんか? なんかおかしくねえか?
確かに響が転校した日は学校中が騒がしかった。
よくわからん。俺達は特に気にせず教室へと歩く。
教室の扉を開けると騒がしかったクラスメイトが静かになってしまった。
俺と葛之葉を見つめる。知らない人からの視線は耐える事ができるが、クラスメイトからの視線は居心地が悪い。この差はなんだろ? 笑いものにされるってわかるからか?
「あ、あの……クラス間違えてますよ。上級生ですよね?」
俺を全否定したクラス委員長がよく分からない事を言ってきた
。
……やはり口がうまく回らない。言葉がうまく出てこない。別に委員長の事もクラスメイトの事も嫌いなわけじゃない。苦手なだけだ。
気持ち悪いと思われて見下される。ほとんど話した事も無いのにだ。
このクラスになってからまだ一週間しか経っていない。可憐が俺をバカにしたからそういう空気に変化したんだ。
……一年の頃と変わんねえな。でも変わろうと思ったんだよ、先週からよ。
隣にいる葛之葉を見ると苦笑いをしていた。反応に困っている。
「葛之葉、どうしよ」
「うん、やっぱ無理だよ。わたし、委員長から存在を認識されてなかったんだね……」
「いつもどおり大人しくすっか」
「わたし自分の席でラノベ読もうかな」
「おっけ、後で一緒に飯食おうぜ」
「うん、了解っと」
委員長がぼそりと呟いた。
「こんなイケメン見たことない……」
多分このパターンだろ。俺は後ろを振り向く。葛之葉もつられて後ろを振り向いた。
「おはよう、滝沢。今日は随分オシャレしてるね」
「あ、やっぱイケメンいたわ」
「滝沢ー、わたし自分の席行くね」
委員長がイケメンって言ったのは流星のことだ。危うく勘違いして笑われるところだった。
流星が爽やかな笑顔で俺に話しかけてくる。
「やっぱり話すの難しいのか?」
「あーー、だ、男子なら、す、少しは喋れっけどな」
「うん、じゃあ少しずつ話そうね。滝沢、先週よりも前向きに見えるよ。葛之葉さんも少し明るくなったね」
「そ、そうか、あんがとな」
俺は恥ずかしくなってうつむいて自分の席へと戻る。
流星は男の癖に母性が全開だ。イケメンで勉強も運動もできてクラスの人気者。すげえな。人生何周目だよ。
バブりたくなる奴らの気持ちがほんの少しだけわかるぜ。
と、その瞬間、何故か教室が爆発するくらいの騒がしさになってしまった。
「ちょ、あれ滝沢⁉」
「なんであんなにイケメンになってるのよ! おかしいでしょ!」
「だ、誰か話しかけてこいよ」
「あんな可愛い子このクラスにいねえよ! 響ちゃんの何十倍可愛いんだよ!」
「可憐ちゃんなんて話にもならねえよ!」
「え、なにこれ? ラブコメ的な髪切っちゃいました的な展開? いや、異世界系目指してんだろ! 俺やっちゃいました? 的な展開にしろよ!」
おい、一人ラノベ好きいるだろ。ていうか俺も知らねえよ! 異世界にいく準備の準備としてイメチェンしただけだ。あんまり変わってねえだろ!
「なんかうっさいわね」
「それでね可憐ちゃん、昨日のそのイケメンさんがね、私を助けてくれて――え?」
可憐と響が教室に入ってきた。
可憐がポツリとつぶやく。
「あっ……、滝沢。ちょ、なんで昔の雰囲気になってんのよ! あんたそれ駄目っしょ! じゃないと、みんなあんたの事を……」
「へ? 可憐ちゃん……、あ、あのひと、文哉なの?」
「どこからどう見たって滝沢でしょ。私も一瞬わかんなかったわよ」
「……う、嘘だ」
「ほら、異世界ノート開いてるわよ」
「ほ、本当だ……」
背中から汗が流れる。何も考えるな。だが、借りたものだけは返さなきゃいけない。
響が深呼吸をしてブツブツ何か言っている。
そして、いきなり顔を変えやがった。
なんて言うんだろ……。目つきが悪いギャルだったのが、突然アイドルの営業スマイルに切り替わり、雌のフェロモンを巻き散らかしている。
そう、捕食者だ。
「文哉〜、ちょっとひどいじゃないの。あっ、やっぱり私の事が心配で昨日は助けてくれたんだね……。ふふ、私も文哉にずっと会いたかったもん」
「えぇ……、お前俺の事パシリって言っただろ……」
「あれは〜、ただの冗談よ。大事な大事な幼馴染の文哉に意地悪したかっただけよ。……ねえ、そのハンカチ、ずっと文哉だと思って持っていたんだ」
「いや、昨日知らない男に渡しただろ!」
「だって文哉って気がついていたもん、えへへ」
なんと、面倒な女なんだ……、人の話全然聞かねえ。
だがしかし考えろ。響は昔からこんなものだ。
会話に流されるな。あいつが性格悪いのは昔からだ。俺が甘やかしたのがいけなかったんだ。
自分の意志を突き通せ。
俺は異世界モードを発動した――
その瞬間、教室の空気が重くなる。シリアスな雰囲気が重圧を生む。
俺のまとっている空気が変わっていくのを感じたのか、教室は静まり返る。ここの生徒は空気を読むのが得意だからな。
シリアスな空気にラブコメはいらねえよ――
「お前にとって俺はパシリだろ。一度言った言葉を戻せると思うな」
「ふ、ふみ、や……」
今なら理解できる。数々の主人公たちが追放された時の気持ちを――
あいつらはこんな気持ちだったんだ。
誤解されて無能だと思われて、心に傷を負って、それでも前に進もうとして。
「確かに俺は気持ち悪い。絶交されても仕方ねえ。そんなの自覚してんだよ。だから変わろうとしてんだ。……お前らに何を言われても別に苦しくなんかない」
本当はいつも胸が傷んでいたんだ……。忘れようとしても忘れられねえんだよ。
だって俺たち幼馴染だっただろ? 仲良しだっただろ?
いつもの空気なら響は冗談で躱していた。以前の俺なら別にそれで良かった。だが、今のままじゃ駄目なんだよ。響も可憐も……俺も。
いまこの空間は違う。俺が本気で響と向き合ってんだ。
……可憐。お前も顔を背けるな。俺をバカにしていたのは全部冗談と思ってたんだろ?
俺と普通に話すのは、周りの目が気になってたんだろ?
いつしか冗談で馬鹿にするのが楽だって覚えちまったんだ。
俺はサンドバッグじゃえね。心がある人間なんだ!
「苦しくはない……、ほんの少し悲しいだけだ……」
感情を抑えらない。わかってる、コイツラは冗談でしかコミュニケーションを俺と取れないんだ。……元友達、絶交。
俺、嫌われてもずっと友達だとおもっていたんだよ……。
再会したら喜び合えると思ってたんだよ……。
もしかしたら響の照れ隠しかも知れない。だけど言葉の刃はどんな凶器よりも痛いんだ。
俺、響と可憐以外には異世界の事、ちゃんと話した事ねえんだ……。なのに小学校中学年からクラス中にバカにされ始めた。高校になってもだ。
響は放心した顔で俺をただ見つめていた。
ことの重大さにいまさら気がついた様子だ。
「わ、わたし、も、異世界にいくから……、元ともだちは、寂しいな……。ま、また友達になろうよ!」
「う、うん、私も謝るから……ごめん、あのさ、また友達になろ」
鋼の心が甘い顔を見せない。
二人が嘘をつくときの癖がわかってしまう自分が嫌だった。
この場を乗り切るための軽い言葉。俺がイメチェンしただけで、簡単に自分の信念を捨てる……。
「そんな嘘は悲しくなる……。バカにされても笑い者にされても、俺、本当はみんなと仲良くしたかったったんだ。でもそんなの友達じゃねえってわかった……」
性格が悪くても嘘つきでも、見下していても……、本当は嫌いじゃなかったんだ……。
俺も不器用だったんだよ……、どんな風に接していいかわからなかったんだよ……。俺がリア充だったらもっと違う関係が気づけたのかも知れない。
だから、嘘がバレた子供みたいな瞳を向けないでくれよ。
「いまさら友達になろうとしてももう遅いんだよ……」
悲しい声色が教室に響く……。
響の目から一筋の涙がこぼれていた。可憐はしゃくりあげながら泣いていた。俺の言葉が初めて二人の心を穿く。
俺が手遅れなのか?
二人が手遅れなのか?
自分に言い聞かせているような言葉。
俺は二人が泣いている姿を見て……、寂しくて悲しくて、心が痛くて……それでも俺の言葉を聞いてくれて……。
鋼の心が前を進もうと決意した。もう逃げない。
俺手に持っていたはハンカチを……響には返さずポケットにしまった。
涙は拭いてあげられない。中途半端な優しさは毒になる。
俺はポケットの中でハンカチを固く握り締めた。
これは異世界に行こうとする男が繰り広げる、胸が痛い青春ラブコメである。
第一章完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます