上京⑥

 電話は三コールでつながった。

「こちら巡春出版第一編集局です」

 爽やかな男性の声がスマートフォンから流れ出す。

「あ、もしもし。先日の『陽春』新人賞で最終選考に進んでいた示坂と申すんですが──」

 そこまで言うと男性は「あっ」と声を上げ、この数ヶ月電話やメールでお世話になった編集者の名前を出した。保留音が鳴り、十秒も経たずに電話が切り替わる。

「もしもし。滝川です」

「あ、もしもし。お世話になっております。示坂です」

 電話越しに喋る際、女性は声が高くなるが、反対に男性は声が低くなりがちだと思うのは僕だけだろうか。

「すみません、今回はちょっと他も秀作揃いだったもので……。言葉選びのセンスとかすごく好きだったんですけどね、個人的には」

 漫画であれば電話の向こう側で頭から水色のしずくを飛ばしていそうな声音に少し言い訳じみたものを感じる。

「ありがとうございます。一応、何が足りなかったのかというのを聞いておきたいな、と思いまして……。あまり大賞作に納得がいっていないものですから……」

 最後に小さく付け加える。

「ははあ……。……単刀直入に申し上げますと、つまらないのかな、と」

 しばしの沈黙の後、滝川さんはおずおずと、しかしはっきりとそう口にした。最終選考時までお世話になった編集者からそこまですっぱり言われるとは思いもよらず、声が裏返る。

「つ、つまらない、ですか……?」

「え、ええ……。これは巡春出版の編集者としてではなく、一読者の意見としてお聞きいただきたいんですが……」

 そう前置きし、彼は時折言葉を濁しながら真っ直ぐな感想を僕にぶつけた。

「最初にも言った通り、言葉選びのセンスだったり、あとは起承転結であったり、そういう技術的な部分に関しては示坂さんの書かれる小説は素晴らしいと思っていて、だからこそ最終選考まで進んだのだと思うんですけれども。ただ言うなれば、えっと……小説の定石通りという感じがしてしまって、他の候補作を比較した際に、その……目新しさを感じなかったんですよね。どうしてもフレッシュさに欠けると言いますかなんと言いますか……」

 時折打つ相槌のトーンがだんだん下がっていたのだろうか、大方話し終えると一転、滝川さんは明るい声で僕を励ました。

「いや、でも!まだ示坂さんはまだまだ若いですから!大学生活の中だったりその先だったりで人生経験を積んでいけばチャンスはあると思いますよ!」

 その優しさが胸に痛い。フリーター生活を送っていることは敢えて言わないでおこう。

「あ、ありがとうございます……。色々、頑張ります」

「はい!またの応募をお待ちしております!」

「どうも……」

 僕はそうして電話を切った。

 窓越しに聞こえる強くなってきた雨音の中、僕は決意した。旅に出よう。

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