上京④
数台のバスが止まっているロータリーを横目に、僕は駅前の交差点を渡る。線路に沿って少し歩くと、「部屋貸し〼」と書かれた看板が目に入った。看板の手前にはいかにも昔からありそうなコンクリート造りの不動産屋があった。窓ガラス越しに見える店内では気難しそうな初老の男性が足を組んでテレビを見ている。
「ごめんください」
ガラガラガラとガラスの引き戸を開け、そう店主らしき男性に声をかける。
「何の用ですか」
男性はこちらを一瞥したのち、再びテレビに視線を戻して投げやりな返答をした。
「部屋を借りたいんですけど……」
「お客さん、三月も下旬に来られちゃあ学生向けの綺麗な部屋なぞとっくに埋まっているんですよ。こちらも暇じゃないんでね、帰ってもらっていいですか」
相も変わらずこちらには視線を向けず、忙しそうなそぶりは一切なく気だるげに言葉を投げる。
「いや、学生じゃないんで……」
すると男性は再びこちらを一瞥し、
「どれくらいの物件までいいんだね」
と投げかけた。テレビの中では最近話題となっているゴルファーがホールインワンをした。
「えっと……。一応、四、五万程度で考えているんですが……」
「十四、五万かね!」
突然テレビを消し、こちらを向いて立ち上がる男性。
「いや……。四万円から五万円程度です」
そう訂正すると男性はまた足を組んで椅子に座り、テレビをつけてしまった。
「なんだ、学生でもなけりゃエリートでもねえのかい」
随分と失礼な言動の店主だな、という言葉を飲み込んでどんな物件があるかを尋ねる。
「だーかーらー。貧乏に貸す部屋はないと言っておろう!」
その時突然、カウンターの向こうにある障子がざあっと開いた。
「ちょ、親父!お客さんになんてこと言うんだよ!」
そう言いながら出てきたのは店主らしき人と目元がそっくりな中年男性。店主の息子だろうか。
「お客さん、大変申し訳ございません。この人、うちの父でして……。なにぶん思慮の足りない性格でして……。大変申し訳ございません」
そんなに平謝りされるとこちらも少々気まずい。
「い、いえ、やはり東京で四、五万は高望みですよね……」
すると中年男性はカウンターの中を漁り、横長のファイルを取り出した。
「いえ、条件によってはありますよ」
「え、そうなんですか?」
あっさりと言われ、拍子抜けしてしまう。
「築四十年のアパートでワンルームだと、駅から徒歩二十分のあたりに一部屋空きがあります。お値段が……四万二千円ですね」
今の僕には十分すぎる物件だ。
「一応、今からでも下見できますけど、お時間ありますか?」
ポケットから車のカギを取り出し、彼はそう微笑んだ。
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