第6話 キミは世界で一番弱い
「聞いてたよ」
バスから降りて不貞腐れるように歩いていると背中から声をかけられた。
振り向くと同じクラスの宮内健太だった。
俺はおうと返した。
「んだよ、テメー。近くにいたのかよ」
内心、少し焦っていたが、聞かれてまずいことは何もないはずだった。
「二人のすぐ後ろにね」
健太は少し意味ありげに微笑んだ。
嫌な笑みだった。
そもそもこいつは不気味なやつだ。
かなりイケメンで頭も良く、金持ちでおまけに運動神経も良いから女子人気は高いが、男子からは敬遠されている。
それはこいつがモテすぎということもあるが、誰とも親しく話をしないからだ。
女とはよくイチャイチャしていやがるが、男にはほとんど接触しない。
いつもニヤニヤしていて何を考えてるのか分からず、薄気味が悪い。
「随分と辛辣なことを言っていたね。あれじゃあ彼女、傷ついたんじゃないかな」
健太はニタニタしながら言った。
知るかよ、と俺は返した。
「あの女が悪ぃんだ。人の女に喧嘩売ったんだからよ」
「へえ。そいつは勇ましいや。あんなか弱そうな女子相手にさ」
「なんだ。何が言いたい」
「別に他意はないよ。でも、ふーん。やっぱり山崎君って弱虫だよね」
「なんだと?」
俺は健太に詰めよった。
「テメー、俺に喧嘩売ってんのか」
「うん。売ってる」
「……舐めやがって」
健太の胸倉を掴んだ。
そして、拳を握り締める。
「どうしたの。殴らないの」
健太はニヤニヤしていた。
こいつは分かっていた。
俺が決して自分を殴らないことを。
だからニヤニヤ笑っていた。
健太の父親は県会議員だ。
祖父は警察OBの元地方官僚だ。
俺が健太を殴れば、俺は高校を退学(やめ)させられる。
だから、俺が健太を殴れるはずがなかった。
「けっ」
俺は健太から目を逸らして、その胸を突き飛ばした。
健太は少したたらを踏んで、あはは、と嗤った。
「弱いなあ、山崎君は」
健太は目を細めた。
「キミは多分、クラスで1番弱いよ。いいや。多分、世界一弱い。虫けら同然だ。自分でも分かってるんだろ? だからそうやって髪を染めてるんだ。ピアスつけてるんだ。誰よりも弱いから。弱いことがバレてしまうから。弱い自分がバレてしまうのが怖いから。そうやって虚勢を張ってるんだろ。ダサ。ダサすぎなんだけどマジで。え? あんだけ粋がってて、僕を殴ることすら出来ない。学校を辞める覚悟さえ無い。出来るのは女子に悪口を言って泣かすことだけ。あは。あはは。ねえ。山崎君さ。キミ、生きてて恥ずかしくないわけ?」
俺は踵を返した。
健太の言うとおりだった。
俺は弱かった。
弱いから弱いやつにしか威張れない。
弱いから群れないと怖くて仕方ない。
昔からそうだった。
生まれつき意気地がなかった。
だから小学校ではいじめられていた。
だから中学校ではいじめられないように髪を染めた。
しかし、結局はヤンキーにもなりきれなかった。
人に殴られるのは嫌だったが、人を殴ることも怖かった。
俺は誰よりも弱かった。
だから高校は比較的真面目なところを選んだ。
そこでなら威張れると思った。
形だけで1番のアウトローになれると思った。
格好だけで偉そうに出来ると思った。
けど、それもきっと、クラスの連中にはバレているのだ。
そう思うと恥ずかしくて死にそうだった。
背中から健太の笑い声がした。
俺は走り出した。
あいつの声は、いつまでも耳に張り付いて離れなかった。
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