第5話 オメーはみじめだ
「堀江」
下校のために市営バスに乗ってたら後ろから話しかけられた。
振り向くとクラスの男子だった。
話をしたことがないやつだった。
名前は山崎亮。
髪を染めててピアスつけててイキってる嫌な奴。
頭が悪いから素行も悪い。
当然、成績も悪い。
私とは一生縁の無い男だ。
「おい、堀江。オメーよ、ユイになんか言っただろ」
だというのに、どういうわけか山崎は私に話しかけてきた。
夕暮れのオレンジに染まる車内。
私は不愉快な顔つきで山崎を見た。
「言ったよ。あの人、好きじゃ無いから、好きじゃ無いって言った」
「なんだそれ。あいつがお前に何かしたのか」
「山崎君には関係ないでしょ」
「関係ないことはねえ。俺はあいつ狙ってたんだからよ」
「なら慰めてあげれば? お似合いだと思うし」
「あん? なんだ、その言い草はよ」
山崎は身を乗り出して私に向かって凄んだ。
私はふんと鼻を鳴らした。
「悪いけど、あんまり私に関わらないでくれない? 私はあなたや藤田さんとは人種が違うの。私はちゃんと生きてくんだから」
「うるせーよ。テメーなんてただ勉強が出来るだけの根暗だろうが。特別感だしてんじゃねえ」
「特別だなんて一言も言ってない。あなたたちとは違うと言ってるの」
「同じだろ。俺もテメーも同じだ」
「全然違う。私はあなたたちみたいに浮ついて生きてない。ちゃんと勉強して、ちゃんと大学いって、ちゃんと就職するの」
「なら、どうしてユイに絡むんだよ」
山崎は顎をあげ、私を見下ろすような見た。
私は反論しようと口を開いたが、言葉は出て来なかった。
いいか、と山崎は言った。
「そもそも、ユイに喧嘩売ってきたのはオメーの方だろうが。ユイの方がお前を攻撃したわけじゃねえ。あいつはただ普通に話をしてただけ。なのに、お前が一方的にひでーこと言って、ユイを苦しめたんだ。こいつはどういうわけだよ。え。何が関わらないで、だよ。関わってきたのはオメーが先だろうが」
私はごくりと息を呑んだ。
背中に汗が滲んだ。
山崎はさらに続けた。
「ま、俺は分かってるぜ。オメーがなんでわざわざユイを傷つけるようなことを言ったのか。それは、オメーがユイに嫉妬してるからだ。ユイが男と遊んだり連んだりしてるのが羨ましいからだ。本当はオメーも男と遊びてーんだろ。彼氏が欲しいんだろ。お洒落してメイクしてチヤホヤされてーんだろ。つまり、オメーだって俺たちと大差ない人間なんだ。けど、オメーにはそれが出来ない。ユイのように明るく話が出来ない。だから自分を"勉強に熱心な優等生"ということにしてんだろ。そういうことにしてねーと、自分が惨めだからよ」
私は山崎から目を逸らし、前を向いた。
涙を堪えるのに必死だった。
ここで泣いたら山崎の言うことを認めたことになる。
だから泣くわけには行かなかった。
私は歯を食いしばり、目を瞑り、必死に我慢した。
けれど、駄目だった。
山崎の言うとおりだった。
私は自分の高校生活が嫌だった。
全然楽しくないからだ。
私はもっと遊びたい。
男子とも喋りたい。
女子と恋バナしたい。
けど、出来ない。
恥ずかしくて出来ない。
みっともない気がして出来ない。
だから、それが出来る藤田ユイのことを見てるとイライラした。
大して美人でもないのに、男子から割とモテてる藤田が嫌いだった。
本当は私の方がモテるはずなのに。
私の方がモテるべき人間なのに。
心のどこかで、そんな風に思っていた。
少し乱暴にバスが停車して、私は前につんのめった。
「次、ユイに何か言ったら、マジで許さねーぞ」
山崎はそう言い残して、バスを降りた。
私は悔しくて頭がどうにかなりそうだった。
山崎に自分を見透かされたからではない。
自分という人間が、酷く情けなく思えたからだ。
負け犬みたいな気がしたからだ。
やがて私が降りるバス停までやってきた。
しかし私は降車ボタンを押さず、そのままずっと俯いていた。
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